灘校・橋本武先生が語る「横道」のすすめ
2015年03月17日 公開 2024年12月16日 更新
趣味の知識を深めておけば思わぬところで役に立つことがあるからです。
趣味の知識を深めておいたおかげで、思わぬところでそれが役に立つことがあります。
あるとき、学生のための能狂言の会が開かれ、私が能について話をすることになりました。そこで私は、能や雅楽の構成の特徴である「序破急」に沿って話を展開させました。すなわち、「序」はゆったりとした導入、「破」は少しテンポに乗った展開、そして「急」は軽快なスピードでの結末、ということです。
講演後、脇で聴いていたプロの能楽師の方から「素晴らしい講演でした」というお褒めの言葉をいただきました。話の内容はともかく、その方は、「序破急」と展開したことを評価してくださったのではないかと思います。
私は何も、仕事に役立てようと考えて能を鑑賞していたわけではありません。ただ、自分のなかに蓄積されていた知識を自然に応用しただけです。趣味もなく1つの仕事だけにとらわれていると、どうしても視野が狭くなります。多くのことに関心を持ち、楽しみながらチャレンジしていくと、それが必ず仕事にも生きてくるものです。
趣味は本業を助ける――私は何度かそういう体験をしています。
「もう歳だから」とあきらめる必要はありません。
「面白そう」「やってみたい」と思うのならとりあえず手を出してみればよいのです。
好きなことをやり続けると、人生がさらに輝きます。
見ているだけでは面白くないので、やり始めたのが社交ダンスです。
50代は、社交ダンスに熱を上げた10年間でした。きっかけは妻の同窓会のダンス・パーティーでした。みんな楽しそうに踊っていますが、見ているだけではつまらない。そこで、我々夫婦も稽古をしようではないかということで始めたのです。それから妻の友人を主体としてダンスを楽しむグループを作り、10年間、会長を務めました。
ダンスは適度な運動になりますし、ステップを覚えなければならないので頭の体操にもなります。老化防止にはいいはずです。
50代最後の年は私たち夫婦の銀婚式にあたりました。私たちは終戦の翌年に結婚し、新婚旅行はもちろん、披露宴もしていません。この機会に何か盛大なことをやろうということで、大ホールを借りてダンスーパーティーを開催しました。
趣味を始めるのに遅すぎるということはありません。「いまさらそういう年齢でもないだろう」と世間や他人の目を気にしてあきらめるのではなく、「面白そうだ」「やってみたい」と自分が思うのなら、何でもやってみればよいのです。
86歳からはじめた『源氏物語』現代語訳。
いくつになっても大仕事に取り組めるものです。
人生に「もう遅い」ということはありません。
85歳のとき、医者をやっている灘校の卒業生が「先生の声を聞いたら20歳は若く思いますよ」といいました。彼は大きな病院の院長ですから、20年の命を保証してもらったような気になりました。そこで85歳から20年生きることを考えてみました。もし100歳まで生きていて何もしていなかったら、「あのときにやり始めていたら、今頃できているのに」と後悔するでしょう。そこで「ようし、今からだ」と思い、86歳のときから『源氏物語』の現代語訳に取りかかったのです。
この年齢ですと、途中で死ぬかもわかりません。そのときは、「死んだら死んだで仕方ないわ」と思ってはじめました。「源氏物語」は、すでに谷崎潤一郎や与謝野晶子といった巨匠が現代語訳を出しています。そこで、あえてそれらは一切参照せず、「紫式部が生きていたらどのように書いただろうか」という一点だけをひたすら考えて書きました。
そして8年後、94歳のときに完成しました。オリジナルは私の手作りの和綴じ本1冊だけです。その後、灘校OBの協力を得て、全3巻に製本化されました。何かに取り組むのに、年齢制限はありませんし、遅すぎるということもありません。
<書籍紹介>
「学問のすすめ」
橋本武著
本体価格560円
学問の基本は国語力、人生の喜びと学ぶ大切さ、教養と伝統芸能の楽しみ方……。伝説の教師が語った、ほんとうの教養を身につける方法。