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熟断思考のススメ~質の高い決断を導く新しい意思決定の手法とは

籠屋邦夫(ディシジョンマインド代表)

2015年03月21日 公開 2024年12月16日 更新

《隔月刊誌『PHP松下幸之助塾』[特集:一流の決断とは]より》

 

ビジネスの現場で迫られる大小さまざまな決断。偉大な経営者やコンサルタントが難題に対して「正解」を即断する姿には憧れるものの、迷い多き凡人の自分には無理だ……そんな悩みを吹き飛ばす画期的な決断手法が、ここで紹介する「熟断思考」だ。どんなふつうの人でも導き出せる「質の高い決断」は、最上の結果をもたらす確率が高くなるだけでなく、仮に結果が思わしくなかった場合でも、それを、後悔を生む「失敗」ではなく、次につながる前向きなものにする。
「ロジカルシンキングの限界」を克服する新しい思考法のエッセンスを、第一線のコンサルタントが解説する。<取材・構成:野間麻衣子/写真撮影:長谷川博一>

 

どんなふつうの人でも質の高い決断ができる

 私はこれまで、130社以上の企業に対し、企業内研修の講師や、戦略スキル・意思決定力向上を支援する「エデュサルティング(Edusulting)」を手がけてきました。エデュサルティングというのは、教育(Education)とコンサルティング(Consulting)を組み合わせた、私の造語です。

 研修といってもその多くは、実際のビジネスの場面で直面する新規事業創造や研究開発戦略、戦略的意思決定といった課題について、具体的な提案にまでつなげていく実践的な内容です。こうした長年の経験の中で、今回ご紹介する「熟断思考」――よい決断を生み出す技法――にたどり着きました。

 読者の皆さんも、これまでの人生の中で、「これからの大事なこと」に対しさまざまな決断をされてきたことと思います。「これからの大事なこと」とは、個人でいえば進学、就職、結婚、転職などのキャリア設計、老後の問題などがあるでしょうし、企業人でいえば事業環境の変化による戦略転換、新規事業への取り組みなどです。熟断思考はその名のとおり、大事なことに取り組むために、「熟慮して決断する思考術」という意味です。

 そんな話をすると、「決断とはスピードが最も重要ではないか」と感じる方も多くいらっしゃると思います。確かに、日本企業は決断が遅すぎるといわれ続けた背景から、ビジネスで起こる決断の場面で、スピードを重視する傾向が強いのは事実です。特に、偉大な経営者が難題に対して瞬時に決断するケースは非常にドラマティックで、大きな感動を与えてくれます。

 しかしながら実際には、天才でもないかぎり、「決断の瞬間にできること」はきわめて少ないのです。そこで私は、決断の前に行うべきこと、しかもひと握りの天才やカリスマ経営者ではなく、どんなふつうの人でも質の高い決断を導くことができる技法――許される時間的制約の範囲内でじっくりと問題に向き合い、時間をかけて考え、意思決定を行う思考体系――を構築しました。

 また、これによって生み出される「よい決断」「質の高い決断」というのは、最上の結果をもたらす確率が高くなるだけでなく、仮に結果が思わしくなかった場合でもそれをプラスに転換できることも意味します。

 利あらずして最上の結果が出なかったとしても、その可能性を承知の上で決断していれば、納得できるとともに、次につながる「反省」に着地するのです。私はこれを、ちゃんとした意思決定をせずにズルズルと引きずられるように何かを始め、残念な結果になって後悔してしまう「失敗」と明確に区別したいと思っています。

 反省はしても後悔はしないで前に進み続けることができる。これが熟断思考の大事なポイントです。

 

ロジカルシンキングの限界

 そもそも私がなぜ熟断思考に至ったか。それは、私自身が残念ながら天才ではなく凡人だったからです。最初の転機は、高校を卒業して東京大学理科一類で、数学の一分野である解析学の授業を受けていたときのことです。教授が突然、

「きみたちは自分の頭脳に自負があって数学者になりたいのかもしれないが、こんな授業に出ている時点ですでにダメだ。私は学生のころ、授業になど出ず数学書を読み漁っていた」

 と言い出したのです。私もその勘違い連中の一人だったのでショックを受けましたが、一方で納得する部分もありました。ある数学の証明問題で自分の限界を思い知らされることがあったからです。数学はまさに〝呼吸をするように数学ができる〟天才でなければ、話にならない分野だと知りました。

 次が、卒業後に就職した大手化学メーカーで4年間取り組んだプロジェクトが、経済状況の変化によって突如中止になったことでした。今の私からすれば、世の中では開発の中止なんて十分ありうることだと分かるのですが、当時は気持ちの折り合いをつけることができませんでした。

 そして、中止になった原因を理解するためには、未来の状況変化・不確実性を、自分が携わっていた技術だけでなく、経済性をはじめさまざまな視点からとらえるべきだったと思うようになりました。それがきっかけで、スタンフォード大学に留学する機会を得たのです。

 スタンフォード大学では、不確実性のもとでいかに納得感の高い意思決定をするのかということを、意思決定論の祖でもあるロナルド・A・ハワード教授に学びました。

 その後、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、ロジカルシンキング(マッキンゼーが開発したコンサルティング・ノウハウ)やフレームワーク(コンサルティングで使われる構造のひな形)、経営というものをどうとらえるかという基本を徹底的に叩き込まれました。ただ、同時にマッキンゼーの仕事をする中で、ロジカルシンキングやフレームワークの限界も感じるようになりました。

 読者の中にも、PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルやSWOT分析(Strengths〈強み〉、Weaknesses〈弱み〉、Opportunities〈機会〉、Threats〈脅威〉の4つのカテゴリーで要因分析する、経営戦略策定方法の一つ)などのフレームワークを使ったことのある方はたくさんいらっしゃるでしょう。

 確かに、業務レベルの身近な問題であれば、フレームワークを使ってアイデアが浮かんだらすぐやってみて、結果から学んで軌道修正していく手法は有効です。ただ、より高度な課題になればなるほど、課題の構成要素が複合的に絡み合い、悩むことが多くなります。

 たとえばロジカルシンキングだけでは解けないのが、次のような課題です。

・アジアの成長市場を取り込むためには大型先行投資が必要だが、競争が激しく価格下落のリスクもある中で攻めに出て大丈夫か。

・新素材関連の研究開発に取り組んでいる。上司から技術アプローチだけでなく、製品化、ターゲット、ビジネスモデルをどうするか考えろと言われ、パニックになりそうだ。

 いずれもイノベーションや事業構造の変革に踏み込む内容で、フレームワークを使うことで大まかな方向性を見出すことはできても、より具体的で高度なレベルの戦略をつくるには不十分です。

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。

 

<掲載誌紹介>

PHP松下幸之助塾
2015年3・4月号Vol.22

特集「一流の決断とは」では、5人の方に登場いただきます。
特にシドニー五輪金メダリストの高橋尚子氏には小出義雄監督の門を叩いた決断と独立した決断、大きな試合で勝つための決断、 引退後の人生を支える決断などを、千本倖生氏にはイー・アクセスや第二電電などの創業や経営における決断を、 パナソニック客員の土方宥二氏にはみずからが運営に携わった「熱海会談」における松下幸之助の決断の姿を、それぞれ語っていただいています。
また、今号から短期集中連載「真実のウォーレン・バフェット」が始まります。ぜひご一読ください。

 

 

 

 

著者紹介

籠屋邦夫(こもりや・ くにお)

ディシジョンマインド代表



1978年東京大学大学院化学工学科修了後、三菱化成(現三菱化学)入社。新製品・新製造プロセスの開発等に従事したあと、米スタンフォード大学大学院に留学、同大学院修了。マッキンゼー社東京事務所を経て、ストラテジック・ディシジョンズ・グループ(SDG、米シリコンバレーに本拠)に参画、同社パートナー、日本企業グループ代表。その後、ATカーニー社ヴァイスプレジデントとして広範囲な経営課題に対するコンサルティングに取り組む。ディシジョンマインド社設立後は、企業やビジネスパーソンの戦略スキルや意思決定力向上を支援する活動に注力。著書に、『意思決定の理論と技法』(ダイヤモンド社)、『選択と集中の意思決定』(東洋経済新報社)、近著に『スタンフォード・マッキンゼーで学んできた熟断思考』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

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