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社会

「B面」から見えてくる社会…どうバランスポイントを見出すか

野口健(アルピニスト/富士山レンジャー名誉隊長)

2011年07月14日 公開 2024年12月16日 更新


※写真はイメージです

※本稿は野口健著『それでも僕は「現場」に行く』より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

父が教えてくれた"物事には「A面」と「B面」がある"こと

現場に行って、見て、知って、そこに問題意識を持つ。そういう生きざまを私は外交官だった父から学んだように思う。

父は、「物事にはA面、B面がある。A面は自然に目に入ってくる。B面は見ようとしないと目に入らない。だけど、世の中往々にしてB面にこそテーマがあるんだ。おまえもそこをよく見ろよ」とよくいう。

私が高校生のころ、父はイエメンの初代日本大使として赴任した。イギリスの学校に行っていた私は、父に会いにイエメンに行くたびに、父の運転する小さい自家用車であちこち連れ回された。

狭い路地を行き、現地の人が生活しているところにどんどん入っていく。父はたとえどんなスラム街であろうと臆することがなかった。

そして、「おまえ、あれ見てどう思う?」と聞いてくる。

なぜ高校生の自分にいちいちそんなことを聞くのか疑問だったが、「おまえみたいな素人の意見が、案外いろいろ参考になるんだよ」といった。

大使としてオフィシャルに視察しようとすると、日の丸がハタハタはためいている立派な公用車で、市長とか政治家がアテンドする。

イエメンなどのアラブの国は基本的に部族社会なので、「国民のために」という国家的概念が薄い。ODA(政府開発援助)にしても、要職に就いている人間の部族にとって有利になることを要求してくることが多かった
りする。

父はイエメンの国に何が最も必要なのか、本当のところを知りたかった。そこで私を連れてプライベートで歩き回りながら、イエメンの庶民の暮らし、路地裏の社会を見ようとしていたのだ。           

あるとき、兄も日本からやってきた。その兄が足をケガしてしまい、慌てて病院に行った。救急病院は信じられないほどのごった返しだった。

イエメン中からケガ人や病人が運ばれてきて、重症者も延々と廊下に並ばされている。輸血が必要なのに間に合わなくて、そこで事切れている患者もいる。

これはひどいといって、父は日本から救急車を導入し、救急救命士を養成する教育を行ないたいと要請した。

タイミングが悪いことに、折から湾岸戦争がはじまって、イエメンへの援助は凍結してしまった。

だが、こういった具合に、表立って見えにくい「B面」に考えなければならないことが必ずある。そこに目を向ける姿勢を私に教えてくれたのは、紛れもなく父だった。

 

背反の中でどうバランスポイントを見出すか

A面とB面、どっちが絶対正しいということはなくて、どちらも現実なのだ。そのことを身をもって実感したのは、環境問題に取り組むようになってからだ。

小笠原に空港を建設するかどうかの問題を検討する、東京都のエコツーリズムの委員を務めていたことがあった。当時、委員の多くが環境保護を理由に空港反対の意見だった。私も建設反対の立場だったが、その後、実際に小笠原諸島に行ってみて「ウーン」と思った。

交通手段は、週に1便の定期船のみ。片道約26時間かかる。島には病院はなく、事故や緊急の疾病の場合は海上自衛隊の飛行機を要請するしかないが、1回飛ばすために膨大な費用がかかるので、安易には呼べない。

我慢しているうちに手遅れになったりする。何度も現地に行って島の人たちと親しくなると、空港がないということは村人にとってどういうことかが親身に分かるようになった。

自然豊かな島に空港をつくるなんて環境破壊もはなはだしいと、東京にいていうのは簡単だが、それは島の人の生活を無視した話だ。自然環境もたしかに大事だ。

だが、そこに生きている人間の生活もある。一方的な見方だけで、自か黒か、100かゼロかという判断をしていたのでは前向きな解決とはいえないだろう。

小笠原に行き、島の人と交流を深めるようになって、私は島人目線を無視して安易に空港建設反対を唱えていたことを強く反省するようになった。

小笠原で時折環境学校を開いていたが、参加する小・中学生に行きの船の中で、「空港建設についてどう思う?」と質問すると、ほぼ全員が「反対」と答える。やはり環境学校に参加しようと思うだけあって、環境への意識が高いからだ。

しかし、26時間の船旅で船酔いして吐いたりして自分もつらい思いをし、また島に滞在中に島の人の暮らしを見、不自由さを知ったりすると、見方がぐっと広がる。帰りの船の中で同じ質問をすると、賛成・反対が半々になる。

そこで出てくるアイディアはじつに面白い。反対だったけれど、たしかに島の生活は大変だ、環境をできるだけ破壊しないようなかたちでなら、建設もありではないか、とか。

たとえば、海にプカブカ浮かぶ飛行場はつくれないか、いやずっと同じ場所に浮かんでいると日陰になったところのサンゴが死んでしまうから定期的に移動するようなかたちにしたらどうか、とか。

賛成派の人も、空港建設のメリットを主張するだけでなく、そうはいってもあの森を守りたいという気持ちで案を出すようになる。

背反する物事の狭間で悩み、みんなが両方の視点を持ちながらいろいろ案を出し、解決策を考えていく。これこそが本当の環境問題だと私は思っている。

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「守る」とは次代につないでいくこと

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