社員をその気にさせる「大ボラ」を吹け
2011年11月10日 公開 2022年12月22日 更新
《 PHP新書 『日本企業にいま大切なこと』 野中郁次郎/遠藤功:著 より 》
――スティーブ・ジョブズに学ぶ「日本型」リーダーシップ――
経営トップに必要なプロデューサー的資質
遠藤さんがご指摘されたとおり、これからの経営者には「プロデューサー」としての役割が求められると思います。
たとえばアメリカの海兵隊は17万人もの隊員を抱える「陸・海・空」一体の大組織ですが、それをきわめて機動的に動かせる仕組みをつくりあげました。組織の規模が大きくなればなるほど、いかに「アジャイル」(俊敏性)を維持するかが大きな問題になるでしょう。
そのような機動性をもたせるうえで私が重要だと思うのは、「社長直轄」であることです。社長自身がビジョンを描き、直接、プロジェクト・プロデューサーを任命し、責任は自分が負う。そういうスピーディなシステムをとれば、日本の大企業もまだまだ大丈夫だと思います。
ちなみに、アップル社のスティーブ・ジョブズがやっているのがまさにそれです。これをソニーや日立、パナソニックなどがやれば、たいへんなことになる。最近、ソニーは「ソニーユナイテッド」と称し、執行役クラスを地域や部門を超えて横断的に配し、機動的に動く組織づくりを始めました。ソニーのような総合力のある大企業がそのように動くなら、もう鬼に金棒です。いまやインフラ事業などを貫徹するうえで、さんざん馬鹿にされてきた日本の総合力こそが強みになるわけですから。
ただし、そこで一つだけ問題となるのが、そのようなプロデューサー自体をこれまで日本は育ててこなかった、ということでしょう。いくら総合力があるとはいえ、そのような人間がいなければ、関係性の幅と深さのなかにある知を統合することはできません。 規模が大きくなるにつれ、組織は固定されて制度化していきます。しかし、その組織自体がプロセスであり、流れであるととらえれば、たえず万物が流転(るてん)するなかで、自在な組み合わせが可能になる。そのような動きのなかでタイムリー・ジャッジメントを行ってこそ、優れたトップであるといえるでしょう。
いずれにしろ、経営トップがプロデューサー的な資質をもっていなければ、イノベーションを起こすことはできません。前述したとおり、イノベーションには、「モノ」のイノベーションと「コト」のイノベーションがあります。「コト」のイノベーションの多くは、ビジネスモデルを指すと考えていいでしょう。アップル社、マイクロソフト社、グーグル社などが行ったのも、まさにビジネスモデルのイノベーションでした。
そして、「モノ」は目に見えますが、「コト」は「モノ」を媒介にしなければ認識できません。たとえば、音楽配信というビジネスモデル(=コト)は、それぞれの好みに合わせた音楽を提供し、感動体験を与えるのが価値命題です。しかしiPodのような「モノ」がなければその実現は不可能だし、全体の関係性を認識することもできない。 そのような 「モノ」を生み出せる力が、日本企業には備わっています。
ただし、一方で、非常に優れた「モノ」が導入されたときは、その関係性をたえず認識し、意図的に広げていく視点をもたなければなりません。そのためには「これとこれがつながるのでは」と発想する、いわば「コト」レベルの関係性を読み取れるプロデューサー的な人間が不可欠です。日本は、そのような発想を強化していかなければならないだろうと思います。
もちろん、これまでの日本企業に「コト」のイノベーションができなかったわけではありません。先ほどご紹介いただいたセコムのケースは、まさにビジネスモデルのイノベーションです。公文(日本公文教育研究会)やセブン・イレブンジンャパンもそうでしょう。たとえその発祥が欧米にあったとしても、いまのビジネスモデルをつくりあげたのは日本です。
しかし全体的に見れば、やはり日本企業には「コンセプトづくり」の点で、やや弱い面があるでしょう。技術のコンセプトはありますが、それを大きな社会的コンセプトでくくりなおすことが、どちらかといえば不得手です。
「マネジメントは教養である」
最近のアメリカの経営者は、大きなイノベーションを起こそうとするとき、みずからプロデューサー的な役割を担うことが増えているように思います。ミドルや現場の人材をうまく登用して、チームをつくりあげていく。ジョブズやビル・ゲイツはもちろん、GEのイメルトCEOにしても、彼の直轄プロジェクトには大きなやりがいがあると間きます。
そうしたプロデューサー型のリーダーには、場合によってはマキャベリ的な知性を活用したり、レトリックを巧みに使うなどして周囲をその気にさせるといった、繊細なプロセス・マネージが求められます。このあたりもジョブズは巧みで、いつの間にか他人の意見を自分の意見にしてしまったり、「もうできない」と言った人を鼓舞し、やらせてしまうのです。
じつは日本にも、かつてはそういうタイプの経営者がいました。松下幸之助さんも、そのようなマネジメントがうまかった。本田宗一郎さんやソニーの井深大さんが担っていたのも、じつはプロデューサー的な仕事だったのではないでしょうか。経営そのものを藤沢武夫さんや盛田昭夫さんにまかせていたのは、自分の役割は別のところにあると考えていたからなのだと思います。
いまの日本でも、そのような例がないわけではありません。たとえばトヨタのプリウス開発では、トップ自身はプロデューサーというよりも、みんなを煽(あお)ることに注力しました。内山田竹志さん(現・トヨタ自動車副社長)のようなチームリーダーを選抜しながらチームを支援したり、壁に追いつめてジャンプさせたりしたのです。
このような組織としての持続的イノベーションという伝統は、それこそ本田宗一郎さんや井深大さん、松下幸之助さんにまでさかのぼります。
彼らが備えていたのは人間的な幅の広い教養で、だからこそグローバルな視点をもち、関係性で物事を認識できた。しかしいま、そのような教養はきわめて軽視されています。ピーター・ドラッカーは「マネジメントはリベラルアーツ(教養)である」という名言を残していますが、それがないがしろにされてしまえば「モノ」の背後にある関係性の本質を読み取ることはできません。
チャレンジングなタスクフォースをマネジメントするには、ある意味で「大ボラ」を吹ける能力も必要でしょう。たとえば、いまIBMは「スマーター・プラネット」(賢い地球)なる構想を唱えています。まさに大ボラ中の大ボラだと思いますが、そうした強い思いで世界を変えるというビジョンを発信し、巧みなレトリックで社員をその気にさせるのがプロデューサー的リーダーの仕事です。
そこでは、全人格を懸けたレトリックが必要になるでしょう。レトリックというと「口先のテクニック」という悪い印象を抱く人もいますが、古代ギリシアにおいて、修辞学は教養の重要な一部でした。演説で言葉を駆使し、群衆を煽る。塩野七生さんの『ローマ人の物語』はまさに、そのようなレトリックの歴史ともいえるもので、あのプロセス自体がリーダーシップの研究に役立ちます。しかし、いまの日本のリーダーには、本格的なレトリックカの持ち主があまり見当たりません。
韓国や中国をはじめとするアジアの国々にくらべると、日本企業は明らかにスピードが緩慢です。それが劣勢に立たされる一要因になっていることは間違いありません。 たとえば中国は共産党が一貫した教育を行って、10人前後でほとんどすべてを決めてしまう。韓国のサムスンも李健照(イゴンヒ)会長のもと、意思決定が圧倒的に速い。
ところが日本企業はトップが間接コントロールを考えてしまうので、そうしたスピードが得られません。年齢的にあまりにもトップヘビーになっていることも、その一因でしょう。また、せっかくトップの若返りを果たしても、内向きなタイプが多いせいか、「直轄統治」をしようとしない。
グローバルに生きていくつもりなら、間接コントロールをしている暇などないのです。 事実、今後、世界の中心になると言われるアジアのリーダーはみな若い。たとえばタイに、サイアムセメントという王族がつくった国営企業的な会社があります。かつてはまさに官僚型の組織でしたが、現在では海外展開を見据えることで大いに若返りました。
海外展開には人材育成が不可欠ですが、アメリカのメジャーなどジネススクールはタイの人間を相手にしません。そこで、トップみずからアメリカのビジネススクールをまわって人脈を築いた。そういった行動力を年配者に求めるのは難しいでしょう。グローバルに打って出ようというとき、やはり体力は肝心です。
ちなみに、サイアムセメントはアライアンスも含めて日本企業との関係性が非常に強い。シンガポールの最先端の研究所であるA*STAR(科学技術研究庁)も、日本の理化学研究所と協力関係にあります。A*STARのマネージャーによれば、日本企業はツーカーでいけるからスピードが速くてよい、逆に欧米とアライアンスするとコーポレート・ガバナンスの問題で時間がかかってしかたがないとのこと。日本企業も海外ではそのようにふるまえるわけです。
ところが国内に帰ると、とたんにスピードが落ちてしまう。そこに、これから打開すべき1つの壁があるように思います。
1935年、東京都生まれ。一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院ゼロックス知識学ファカルティ・フェロー、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー、(株)富士通総研経済研究所理事長。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(株)を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授などを経て、現職。「知識創造理論」を広めた世界的なビジネス思想家として知られる。 不朽の名著『失敗の本質』(ダイヤモンド社/中公文庫)をはじめ、『アメリカ海兵隊』(中公新書)『知識創造企業』『流れを経営する』(以上、東洋経済新報社)『戦略の本質』(日経ビジネス人文庫)『イノベーションの知恵』(日経BP社)など自著・共著多数。
書籍紹介
野中郁次郎 著
遠藤功 著
税込価格 756円(本体価格720円)
「アメリカ型」はもはや古い! アップルやグーグルをはじめ世界で成功しているグローバル企業の共通点、それは「日本的」であった!
不朽の名著『失敗の本質』で有名な世界的経営学者・野中氏と、『見える化』を著したローランド・ベルガー日本法人会長・遠藤氏が、日本逆転のシナリオを論じた往復対論。日本人自身が忘れた「日本の強み」を自覚せよ。