50代「化石」技術者が「神様」と呼ばれるようになるまで
2018年07月26日 公開 2022年06月06日 更新
富士フイルムの「化石」技術者が「神様」に
しかし待ってほしい。そんなに謙遜することはない。私は銀行の支店長時代にいくつかの会社を再建してきたが、その経験から言うとどんな会社にもスキルと人材が眠っていることが多いのだ。会社を再建する時はそれを活性化させることが絶対に必要なのだ。
まず眠っている人材を発掘すること。そして今までお蔵入りにしてきたスキルを見直して、それらにスポットを当てられないか考えることだ。こうして会社は新しい姿となって再建されるのだ。
これは私が小説『断固として進め』(徳間書店)に書いた例だが、富士フイルムで化粧品を作る時、あまり評価されていない、当たり前すぎる技術だった「乳化(ミルクのように均等に分子を混ぜる技術)」が見直され、職人芸的な技術者が最前線に立つことになった。
フィルムはコラーゲンでできている。その上に銀などのいろいろな成分をナノ化して何層も塗ったものがフィルムなのだ。ナノ化した成分を塗る際に均等に混ぜる必要がある。それが乳化の技術だ。しかしそれはナノ化の技術のように最先端なものではなく、昔から職人芸的に伝えられてきた技術だった。
その技術者は年齢的なこともありリストラされていたのだが、呼び戻された。「私なんかは最先端の仕事を支えていただけで、目立ちませんでした。まるで化石のようなものですよ」と彼は言った。しかし会社は彼の技術を必要としたのだ。そしてその化粧品を作るプロジェクトは、化石を発掘する意味を込めて「化石プロジェクト」と名付けられた。その後、彼は大活躍で「乳化の神様」と呼ばれて尊敬されている。
人も会社も同じだ。副業を成功させるには自分の中に眠っている意欲を呼び起こし、スキルの市場価値を見直すことが重要だ。
副業はサラリーマン生活の「再建」のチャンス
副業は、自らのサラリーマン生活の「再建」だという視点が必要なのだ。あなたが営業しかやっていないなら、その営業を分析してみよう。個人営業、法人営業、海外営業など営業にもいろいろある。それをもっと客目線でターゲット別に細かく分析してみよう。
どんな製品、サービスの営業なのか。どのエリアが得意なのか。どの年齢層が得意なのか。自分が長年やってきた営業という仕事に自信と誇りを持って分析していこう。そうだ、自分の子どもに自分史を語って聞かせるつもりで考えてみるのがいいかもしれない。
私はアメリカでコーディネーターをしている友人に言った。「あなたのネットによるビジネス交渉力は抜群だ。それを本にしたらいい」
彼はアメリカで初対面のアポイントを取る際、メール一通で単刀直入に交渉して、まとめていく。日本流に「時下ますます……」なんて回りくどいことは言わない。それが相手に伝わって、私の依頼通りの難しいアポイントをまとめていく。そのスキルを本にしたらいいと言ったのだ。
その時、私は「自分の子どもに親がやってきたことを残すつもりで本にするのがいいですよ」とも言った。自分のスキルを見直して、それの価値を探すのは、自分の人生を肯定し、子どもに語ることなのだ。その意味で副業を自分の再建の機会と捉えたらいい。
そして分析し終えたら、それを地道にセールスするのだ。ネットを使ってもいい。あるいはチラシを配ってもいい。どんな方法でもいい。こんなスキルを自分は持っている、これを活用すればメリットがあると、いろいろな手段を使って世間にアピールするのだ。
なかなか客は来ないかもしれない。しかし諦めるな。スキルをもっと客目線で分析し直せばいい。みずほ銀行の祖である安田善次郎は「千里の道も一歩から」と言った。一歩を踏み出せなければ、千里の道を進むことはできないのだ。あなたも一歩を踏み出そう。そして安田善次郎は「塵(ちり)も積もれば山となる」とも言った。
たとえ小さな依頼でもそれを「塵」と考えて吹き飛ばしてはならない。積み上げるのだ。そうすれば徐々に山となり、あなたが定年を迎える頃にはそれなりの高さになっているだろう。
安田善次郎は富山から江戸に出て金融王になった。投機はせず、正直に地道に信用を重ねる道を選んだ。それが「千里の道も一歩から」「塵も積もれば山となる」である。これらは安田家の家訓であり、彼が作った銀行や保険会社等の経営の基本的考えとなっている。
私が言いたいことは、自分がやってきたことに自信を持たねば、副業とはいえ成功しないということだ。何事も自分の中から聞こえる声に耳を傾け、自分の中から湧き起こるエネルギーを掬い上げることが大事なのだ。
安易な道を行くな。「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きく、その路は広く、これより入る者多し。いのちに至る門は狭く、その路は細く、これを見出す者は少ない」と新約聖書の「マタイによる福音書」にもある。
たとえ副業といえども、狭き門から入る覚悟が必要なのだ。いろいろな経験を積み重ねてきた50代の今こそ、その準備にかかり、実行に移す絶好の機会だろう。人生に無駄なものなし、これは真実だ。
※本記事は江上剛著『会社人生、五十路の壁』より一部を抜粋して掲載したものです。