厳しく叱っても揺るがない信頼関係を築け
部下に温情で接することは、いわば彼らにアメを与えることですが、甘いアメだけでは人が育たないのも事実です。その一方で、ムチを振るうこと、すなわち部下に厳しく接することも人材育成に不可欠です。
このごろは人を「褒めて育てる」考えが主流になりつつあるせいか、部下を叱れない上司が増えているといいます。
しかし、叱るべきときに叱れない、叱らないのでは、本気で人を育てる気があるのかと疑問に思います。それこそ「温情」のはき違えであり、上司の怠慢としか思えないのです。
私は世間からは、「温情家」のように思われているようですが、現役時代には部下に厳しく接することを辞さない上司で、部下からは「佐々木さんは怖い」という評判をとっていました。
けれども、そんな怖い上司にも、部下たちはよくついてきてくれました。それはひとえに、私が本気で部下を育てようとしていたからでしょう。また、そのことが部下たちにもよくわかっていたからだと思います。
ただ感情にまかせて怒るのではなく、見込みがあるから人を叱る。「この男は育てればものになる」とわかっているから怒る。
ですから、私としては叱ることは激励であり、成長のための養分を彼らに与えているつもりでした。それが部下にも通じているから、怒鳴られながらも、彼らは私を嫌うこともなく慕ってくれたのでしょう。
そうして、その叱る、叱られるなかから信頼関係もできあがっていきました。肝心なのは、この信頼関係という紐帯で、その土台があれば、少々厳すぎるくらい叱っても人はついてきてくれますし、よく育っていくということです。
では、どうしたら厳しく叱っても揺るがない信頼関係が築けるかといえば、くり返しになりますが、相手の成長を本気で願っていること。
いいかえれば相手を一人の人間として尊重する気持ちを根っこに据えて、つねに真剣に相対することです。
そうして日ごろから大きな「信頼残高」を構築しておけば、多少厳しいムチを振るっても、その残高が目減りするようなこともありません。
人の育成においてはよく、叱ったあとのフォローが大切だともいわれます。これは間違いではありませんが、叱ったあとで、ことさら彼らを懐柔するように酒の席に誘ったりするのはかえってわざとらしく、「あの上司はテクニックで部下に接している」と思われることにもなりかねません。
それよりも、日ごろから面談や相談の機会を設けるなどしてコミュニケーションを深めておくほうが信頼残高は大きくなります。
「この人はいつも部下のことを気にかけている」。そう彼らに思ってもらうことが信頼の強い紐帯を築く基点となるのです。
部下を叱れない上司というのはおそらく、「自分が悪く思われたくない」「部下から嫌われたくない」という気持ちを捨てられないでいるのではないでしょうか。
叱ることで相手が萎縮したり、相手から恨まれたりするのが嫌で、しかるべき場面でも、つい甘い顔を見せてしまう。
しかし、それでは人は育たないのですから、上司にとって「嫌われる勇気」を身につけることは必須の条件であり、果たすべき責務でもあるのです。
人材育成をうまく行うためにはときにはムチを振るって、「上司というのは怒らせると怖い存在だ」と部下に思わせておくことも必要なのです。
「正面の理、側面の情、背面の恐怖」。この三つのバランスを上手にとることが、部下の能力の伸長や彼らの人間の成長に大きく貢献していくのです。