我々は「強者こそが生き残り、敗者は滅びていく」と考えがちだ。だが、生物史の世界ではむしろ、「強者が滅び、弱者が生き残ることが繰り返されてきた」というのは、生物会社の稲垣栄洋氏。そして人類もまさに、こうした「敗者」たちの子孫なのだという。
ではなぜ、「敗者」たちは生き延びることができたのか。そのカギを握るのが「ニッチ」だというのだが……。「弱者こそが生命史を育んできた」というユニークな視点から新著『敗者の生命史38億年』を上梓した稲垣氏に、仕事や人生にも応用可能な「ニッチ戦略」についてうかがった。
※本稿は、『敗者の生命史38億年』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
「夜」というニッチを見つけた人類
かつて、地球を我が物顔に支配したのは恐竜たちであった。
私たちの祖先である哺乳類は、恐竜との覇権争いで敗者になった。そして、哺乳類は大型恐竜から逃げるかのように、恐竜の活動が少ない夜間に活動する夜行性の生物として進化を遂げていくのである。
生物が生存するためには、「ニッチ」が必要である。
恐竜がいる間、じつは、ほとんどのニッチは恐竜と呼ばれる生物種で占められていた。そこで、哺乳類は恐竜のいない夜の時間にニッチを求めたのである。
ここで「ニッチ」について、少しだけ説明することにしよう。
人間のビジネスの世界では、「ニッチ戦略」という言葉がある。ニッチとは、大きなマーケットとマーケットの間の、すき間にある小さなマーケットを意味して使われることが多い。しかし、この「ニッチ(Niche)」という言葉は、もともとは生物学の用語として使われていたものがマーケティング用語として広まったものである。
「ニッチ」という言葉は、もともとは、装飾品を飾るために寺院などの壁面に設けたくぼみを意味している。やがてそれが転じて、生物学の分野で「ある生物種が生息する範囲の環境」を指す言葉として使われるようになった。生物学では、ニッチは「生態的地位」と訳されている。
生物界のおきては「椅子取りゲーム」
一つのくぼみに、一つの装飾品しか飾ることができないように、一つのニッチには一つの生物種しか住むことができない。
生物にとってニッチとは、単にすき間を意味する言葉ではない。すべての生物が自分だけのニッチを持っている。そして、そのニッチは重なりあうことがない。もし、ニッチが重なれば、重なったところでは激しい競争が残り、どちらか一種だけが生き残る。
まるでイス取りゲームのようだ。このイス取りゲームに勝ち残った生物が、そのニッチを占めることができるのである。
ニッチの争いは、野球のレギュラーポジション争いにたとえることができるかも知れない。
1番の背番号をもらえるエースピッチャーは一人だけ。キャッチャーもファーストも、すべてのポジションには一人だけが選ばれる。ピッチャーが交代するときには、一人のピッチャーはマウンドを降りなければならない。ピッチャーマウンドと同じように、一つのニッチには一つの生物種しか占めることができない。
そのため、ニッチを巡って激しい争いが起こることになる。