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脳だけが知る「好き」や「幸せ」の正体 “言葉にならないキモチ”の可視化はどこまで進んだか

茨木拓也

2019年12月04日 公開 2023年03月02日 更新

脳科学が明らかにした「幸福」の正体

ビジネスの世界では、よく抽象的な概念が出てきます。「乗り心地のいいクルマを作ろう」「従業員のやる気を上げよう」みたいな感じです。そんなお題を偉い人たちから与えられて、現場の人は困ってしまうわけです。

「乗り心地(やる気)ってなんやねん。そんなん定義もないし、人それぞれだし。無理!」

そんな悩みを抱えていたら、脳科学が多少は救いになるかもしれません。そういった一見抽象的に見える概念を、ココロ、そして脳の情報処理に落としこんでメカニズムを知ろうというのが、脳科学のもう一つ得意なところです。

たとえば、「幸福」を考えてみましょう。英国のグループが2014年に発表した研究では、まず、「幸福」を「金銭的に得をした時に感じる主観的な幸福感」と定義しました。実験では、被験者にギャンブルゲームをしてもらい、得をしたり損をしたりしながら、毎回「今どのくらい幸せ?」と回答してもらいます。

「なんだ、結局は主観で、全然科学的じゃないじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、「そもそも、幸福感なんてものは主観的にしか定義できないから、それでいいじゃないか。むしろ、その幸福感を規定する脳の計算原理を知りたい」というのがこの研究の主題です。

それでなにがわかったかというと、私たちの幸福感を左右するのは、稼いでいって蓄積された金額ではなく、「報酬予測誤差」だったことです。報酬予測誤差とは、これまで儲かったり、損したりすることを通して得られた「期待値」に対して、今回のギャンブルの「結果」がどうだったかという差分です。

ずっと儲かっていると期待値は上がっていくので、たとえば「0・5ポンドはもらえそうだぞ」となっている時に0.2ポンドしかもらえなかったら、報酬予測誤差は0.2-0.5=-0.3ポンドとなるわけです。そうすると、せっかく儲かっても「あまり幸せではない」と人間は思うようです。

この結果は、実験室で20名程度を対象にやっても、ギャンブルゲームをスマホアプリ化して2万人に配ってやっても同じでした。報酬・ポイントが増えていっても、結果として、報酬予測誤差がマイナスだったら被験者の幸福感は減ってしまっていたということです。

同様の現象で、どんなに年収が上がっても、その絶対値よりは「1年前と比べてどうだったか」のほうが、その人の幸福感を説明することも知られています(ちょっとでも年収が減るとものすごく不幸になる=損失忌避的傾向)。

このように、「幸福」という一見つかみどころがなさそうな概念を、「期待値と結果の誤差計算」と置き換えると、科学として成立して、応用も見えてきます。その背景にあるのは、「脳は変化や期待との誤差」の検出を処理していることを明らかにした基礎研究の成果です。

 

幸福計算モデルがうつ病治療の手がかりに?

抽象的な概念を脳の計算に落としこめると、実社会に応用できる可能性が見えてきます。

たとえば、うつ病は著しく幸福感が低くなってしまう気分障害の一種ですが、この幸福計算モデルを使うと説明ができそうだと言われています。どういうことかというと、期待値を学習するにあたって「学習率」というものがあって、次のように仮定します。

● 正の学習率=いいことがあった時に、それを期待値向上に反映する効率
● 負の学習率=嫌なことがあった時に、期待値を下げる効率

ふつうの人は、だいたいその学習率のバランスがいいので、日常の小さないいことや小さな嫌なことで期待値がいい感じに上下して、幸福感を感じられるようになります。

一方、うつ病の人は「負の学習率」が低い可能性があって、嫌なことがあっても期待値を下げられない。期待値が下げられないと、日常のちょっとしたいい出来事にも報酬予測誤差がマイナスになってしまうので、結果として幸せを感じられなくなってしまう。

これが続くと、いわゆる「抑うつ状態」になってしまうのではないか────そんな仮説です。

もちろん、まだ完璧ではありませんが「幸福」の計算原理がわかれば、それに関わる病態解明や、治療(学習率を変えるような薬や行動療法が期待されます)に向かっていけるわけです。

こういうアプローチは「計算論的精神医学」として臨床場面で最近注目を集めていますが、実際のビジネスでも有効です。たとえば、「乗り心地」は「運転意図(期待)と車両レスポンスの誤差」と仮定できるかもしれませんし、「社員のやる気」も「社員の持っている能力と与えられている仕事の誤差」で説明できるかもしれません。

「抽象度の高い概念を計測できるようにして、その影響要因を定量化する」

これも、脳科学を導入するメリットの一つといえます。

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「脳科学」という言葉は、実は国際的にはあまり使われない

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