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中堅幹部の経営意識を強化せよ~次代の後継者育成に力を入れた松下幸之助

川上恒雄(PHP理念経営研究センター主席研究員)

2020年01月24日 公開 2022年08月22日 更新


 

6つの申し送り

もっとも、自分の創業した思い入れの強い会社である。念には念を入れてか、同時に、「会長、社長ならびに現業重役諸氏への要望事項」なる文書も発表した。以降の経営陣への申し送り事項である。

一、会長、社長は真に一体となって会社業務全般を統御していくこと。したがって、各担当者が会長に言うことも会長から社長に伝達され、同様に社長に言うことも、社長から会長に伝達されるように円滑な意思疎通を図りつつ、会長、社長ともに重要問題については、お互いがすべてを知りあっておくように努めること。

二、会長、社長は確固たる経営の基本方針を遵守することに精励し、同時に広く社会から寄せられたる当社への要望と期待に正しくこたえていくことに努力すること。

三、現業は専務または常務どまりとすること。副社長は複数の分野を大所高所から担当する。会長、社長は、経営に関しては重要かつ基本的な問題について指摘し指示するものとし、個々の業務に関する具体的指示をする必要のなくなることが望ましい。なお、業務遂行に関する上司への報告が最近十分でないように思われるので、この励行を全社にわたって十二分に徹底させること。

四、会長、社長が右のごとき執務方針を励行しても、各担当者が報告し指示を仰ぐことも多いと思われる。その場合にも右に述べた方針を堅持する心がまえをもって対処すること。

五、本年度の基本方針である“新生松下”発足の方針を強化していくこと。

六、会長、社長はじめ現業重役諸氏は、社会のすべての人々を師表と仰ぎ、大事なお得意と考え、常に礼節を重んじ謙虚な態度で接することに率先垂範すると同時に、全従業員をしてこの重要性を認識せしめること。

松下電器の社外取締役を務めていた当時の住友銀行会長の堀田庄三氏は、六つの「要望事項」のうち、特に第三項を高く評価した。幸之助はこれを非常に喜ぶ。

「堀田さんは各会社の経営をよく知っておられるから、『これは松下さん画期的なことですな』と言うてくださったわけで、私もそう思うんですね。現業に関する限り、専務、常務が最高責任者である、いわば一つの会社であれば社長にあたるのだ、こういうことです。

今日の現業は、明日はさらに2倍になっているかもわからん。しかし、その現業に関する限りは専務または常務が最高の責任者である。こういうようなことになるところに、新しい松下電器、新しい年齢というか、若き年齢がここに生まれてくるわけです」

幸之助によると、松下電器の経営陣はこの点についてよく心得ているはずだが、副社長以上のトップ層が熱心さのあまり、日常業務にまで口を挟むこともあるかもしれないので、あえて第三項を設けたとのことである。

そしてこの点は、第五項の“新生松下”と深くかかわっている。できるだけ若い層に経営を任せることで、松下電器の新たな姿が絶え間なく創出されるというのだ。

第五項にある1973年度の基本方針とは、「衆知を生かし、責任経営に徹しよう」。具体的には、各事業部の自主独立経営である。前年末に幸之助の方針で、1954年以来続いていた事業本部制の廃止に踏み切った。その意図は、事業部長にもっと経営者としての意識を持ってほしいことにあるという。本部長がいるから、経営責任の意識が弱まる。それでは有能な経営人材が育ってこない、ひいては新しい松下電器を築くことができない。

元々、事業本部制は事業部の数が増えすぎたことから採用された経緯がある。全社的な総合力を高めるには、各事業部を束ねる組織が必要だと考えられた。幸之助自身も認めているように、事業本部制のもとで松下電器の経営は(昭和40年不況時を除き)悪化するどころか、むしろ飛躍的な発展を遂げたのだが、長い目で将来に目を向けた時に、若い経営人材がもっと出てくるべきだと考えたのかもしれない。それが社長から会長に退く前に強調していた「中堅幹部の経営意識の強化」である。

パナソニックが2018年、創業100周年を迎えることができたのも、一つには、幸之助が築いた経営人材の育成の伝統が失われずにいたからだと思われる。

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