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中堅幹部の経営意識を強化せよ~次代の後継者育成に力を入れた松下幸之助

川上恒雄(PHP理念経営研究センター主席研究員)

2020年01月24日 公開 2022年08月22日 更新

育てるべき経営者像

次代の経営人材を育てるといっても、その目標とすべき姿はいかなるものか。幸之助が会長時代に語った経営者の条件について紹介したい。例えば、1964年に開かれた関西財界セミナーで、五つの条件を挙げている。

第一に、体験。実際に経営の経験を積み重ねることが重要である。だから幸之助は、新入社員に対してすら、独立経営者のつもりで仕事に取り組む「社員稼業」の実践を訴えたのだ。

第二に、経営に関する知識や見識。学問的に習得することも大切だが、体験の中から身につけることも大事だという。

第三に、カンが働くこと。

第四に、時々刻々と意思を決定すること。第三と第四は密接に関係している。経営者には次々と意思決定を下さねばならないことがある。その時にいちいち情報を収集・分析している時間的余裕などない。しかし優れた経営者であれば、カンが働き、即座に意思決定ができるというのだ。

第五に、実行力。経営者の仕事は意思決定を下して終わりではない。重要なのは、下したことを成果として実現する行動力や指導力である。批判や抵抗にめげない勇気が求められるという。

幸之助は、五つの条件の中でも、第三の「カン」が重要だと語る。

「ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したということでありますが、リンゴが落ちたということは、誰でも見てるわけです。いかなる科学者も、あるいは一般の人も見てるわけです。しかし、そこに、これはおかしいぞという思いをもって、これは万有引力というものがあるのやないかということをニュートンは考えた。これはカンですわ。私はそう思うんです。

非常に科学的な理屈から、理づめにしていって生まれるところの理論、そこから考え出されるところの原理というものもありましょう。しかし、今申しましたように、ニュートンが一見してそれを感じたということは、それはカンの働きです。直感ですね。そうでありますから、いっさいの仕事と申しますか、事業というものにはカンが必要である。科学者またしかりである。その中にあっても、特に経営者には、経営者としてのカンが働かなかったら、私は、はなはだいかんのやないかという感じがするのであります」

このように、幸之助のいうカンとは、単なる思いつきではなく、洞察力や先見力に裏づけられたカンということである。

その後、幸之助は『PHP』誌の1967年8月号で、「期待される経営者像」という論考を寄稿し、経営者の資格要件を、今度は四つ挙げている。これは、政府の中央教育審議会の特別部会(幸之助が臨時委員として参加)が道徳教育を検討する際に取り上げて注目された「期待される人間像」を連想させるタイトルのもと、前述の五条件を文書としてさらに整理・改訂したものと考えられる。

要件の第一は、確固とした事業観。それは、事業を通して社会の繁栄や人々の福祉に貢献するという使命感にもとづかなくてはならない。得意先に喜んでもらえるだけでは不十分だというのだ。

第二に、優れた経営的識見。体験の積み重ねと専門的知識によって養われるもので、識見があれば、経営者としてのカンも働くようになるという。

第三に、実行力。第一と第二の要件を実践に活かすことだ。勇気と決断力が求められる。

第四に、強い責任感。自分が一切の責任を負うという自覚に欠けていれば、仕事を徹底せず、周囲からの信頼も得られない。

幸之助によると、これら四要件を兼ね備えた人は経営者としての適性を有しているものの、みずから経営者としてふさわしいのか、絶えず自問自答する姿勢が大切だという。後進を育てる際には、その人の適性や能力を伸ばす教育やシステムも必要だが、実際に経営を託すには、その人が自己研鑽を続けられるような人物であるかを見極めることも大事である。今は要件を満たしていても、自己を省みない人に限って、自惚れや油断の生じる可能性が高いからだ。

※本稿は、マネジメント誌「衆知」【2019年3・4月号】特集「後進を育てる」掲載記事を転載したものです。

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