良品計画を成長体質に変えた実践組織改革
2020年02月05日 公開 2023年01月12日 更新
ベストプラクティスを全員が実行する仕組み
なかでも私が最も力を入れたのが、「人を育てる仕組みづくり」でした。経験主義では、個々人の成長はその人の素質次第になってしまい、人が育つ組織にはなりえないことを痛感していたからです。
特に流通業の企業には、その傾向がみられます。製造業ではOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)によって知識や技術を伝承する文化があり、そのための学校を設けている企業も多々あります。一方、流通業ではそうした文化に乏しく、上司や周囲の先輩を見て、みずから学ぶのが一般的です。それでは、やる気があって何でも積極的に取り組む人は伸びる可能性がありますが、誰でも伸びるということは期待できません。
そこで良品計画では、製造業の企業などを参考にしながら、人が育つ組織になるための三つの大きな仕組みをつくりました。
一つ目が、「MUJIGRAM(ムジグラム)」や「業務基準書」などのマニュアルによる育成の仕組み。二つ目が、人材育成のプログラムを考える「人材育成委員会」という仕組み。三つ目が、適材適所の人材配置を実現するための「人材委員会」という仕組みです。順に一つずつ紹介しましょう。
まず、マニュアルによる育成の仕組みについて。一般的にマニュアルというと、型通りのことが書かれていて、実際の仕事にはあまり役立たないようなイメージを持たれるかもしれませんが、良品計画のものはそうではありません。
多くのマニュアルは、つくられた時のものが最終の完成形です。はじめは重宝されても、やがて誰も見なくなり、埃をかぶってキャビネットに眠ってしまいがちです。
それに対し、良品計画のマニュアルは、現場の人間が仕事のやり方の変化に合わせて、随時内容を更新していく、いわば「活きたマニュアル」です。絶えず現場の知恵を集め、それを各人が業務に落とし込んで現場力を向上させていく仕組みといえるでしょう。
よく知られているのが、販売用につくった「MUJIGRAM」という業務マニュアルです。接客サービスから売り場のつくり方、商品管理、労務や危機管理に至るまで、店舗運営に関することがすべてまとめられています。13冊で合計2000ページ以上もありますが、極めてビジュアルなつくりで、業務の意味や目的とともに、実行すべきポイントが誰でも理解できるようになっています。
そして重要なのが、それを随時更新していくこと。現場の店舗スタッフが業務を行なう中で、「こう変えたほうがいいのではないか」と思いついたら、それを提案として、店舗内の端末に入力します。その提案をエリアマネジャーが見て、今のやり方よりもいいと判断したら承認します。本部の販売部も同じく承認すれば、マニュアルの変更が決定。変更点はまとめて月に一度の店長会議で伝えられ、「MUJIGRAM」は毎月更新されていきます。これによって「ベストプラクティス」(最良の実行法)が全社共通となり、全店舗で100パーセント実行されるわけです。
よく、「2000ページ以上もある内容をどうやって教え、実行を徹底するのか」と聞かれますが、なにもスタッフに丸暗記させる必要はありません。最初はまわりの先輩がやっているのを見て、真似してもらうだけでいいのです。なぜなら、現場のやり方自体がベストプラクティスだから。ここが、経験主義の単なる「背中を見て育つ文化」との大きな違いです。
経験主義では、見て真似たやり方が必ずしもベストプラクティスではありません。けれども、「MUJIGRAM」のやり方は、常にその時点での全社の知恵が結集したベストプラクティスです。アルバイトのスタッフでも、他のスタッフと同じレベルの実行が可能となりますし、別の店長の下で働くことになっても、そのままのやり方で通用します。
もちろん、「MUJIGRAM」を使って、OJTもしっかり行ないます。業務は「見える化」がなされていないと教えられませんが、誰にでも見える状態なので教えるのも容易になりました。
いずれにせよ、実践の中で身をもって業務をその意味や目的とともに覚えていくことで、良品計画の経営理念がきちんと理解され、徹底した実行がなされるのです。
同様に、本部での業務マニュアルとしてつくったのが、「業務基準書」です。こちらは全部で約7500ページもあります。ただし、しっかり覚えるのは自分が担当する業務の部分だけでよく、そこを読めば何をどのようにすればいいか、自分で学んで一人前になれるような仕組みになっています。
基本的に良品計画の本部に配属されるのは、店舗での店長経験がある人だけですので、マニュアルの仕組みを理解しているのはもちろん、経営者感覚も身につけています。
こうした「MUJIGRAM」や「業務基準書」ができてから、良品計画では人がよく育つようになりました。誰もがマニュアルに書かれている一定レベルの仕事は完全にできるようになります。そして、優秀な人はそこからさらに工夫をして仕事を発展させ、それがまたベストプラクティスとして全員の基準となります。こうして仕事のレベルが上がり、成長し続ける組織となっていくのです。