結婚生活そのものが「幸せ」とは言い切れない?
人間のウェルビーイング(良好状態)に関する研究成果で最も確かなのは、既婚者は独身者に比べて満足度が高いということです。
明治安田生命「人生100年時代の結婚に関する意識と実態」(2018年10月)によると、結婚している人は、そうでない人に比べて、かなり強く幸せを感じています。
40歳から64歳の男女に現在の自分の幸福度を質問したところ、既婚者は子どもがいる・いないに関わらず、男女ともに8割以上の方が幸せ(「とても幸せである」「どちらかといえば幸せである」の合計)と感じているようです。
幸福度が高いのは既婚者。そして男性より総じて女性の方が幸福度は高いようです。既婚者は男女ともに8割が幸せと回答しているのに対し、未婚者では男性が5割、女性は7割と男女で幸福度が違うのも興味深いところです。
その次に満足度が高いのは同棲している人で、その後、一度も結婚したことのない未婚者が来ます。一度結婚はしたものの、離婚したり別居中だったり死別したりした人は、比較的幸福度が低くなります。
配偶者の有無は比較的強く作用する項目です。社会階級以上に生活満足度に影響をおよぼし、しかも多くの別個の調査でも、基本的に同じ傾向が見て取れます。
結婚生活から得られる利益は、男女によって程度の差があるだろうと思われてきましたが、こと生活満足度については、そうでもないようです。配偶者の有無がおよぼす影響は、男女ともにほぼ同じなのです。
フロイトの「愛情(それも聖書的なよき愛情)が幸福への鍵である」という言葉は正しかった、と安易に結論づける前に、ここに表れたパターンをもう少し深く掘り下げてみる必要があります。
この手の調査結果から、「結婚はいつの時代も幸せへの近道だ」などと結論づけてしまいがちですが、逆に、「幸せが結婚への近道だ」ということはできないでしょうか?
外向的な人ほど他人と恋愛関係を築きやすく、しかも喜びを感じやすい。逆に、元来神経質な人ほど憂うつになりがちで、そういう人は結婚も長続きしにくい。
要するに、もともと幸せな人のほうが結婚する割合も高く、結婚生活も長続きすると考えたほうが、結婚生活自体が喜びをもたらすと考えるよりも、自然なのではないでしょうか。
もちろんそれがすべてではありませんが、このことを確かめるには、同じ個人を独身時代から結婚している(あるいはそのまま独身でいる)状態に至るまで、追跡調査するしかありません。
結婚の価値は短期間で大きく変わる
あるドイツの研究では、同じ2万4000人の回答者を対象に、毎年、最長で15年にわたって調査が行われました。その結果、たしかに、結婚に至ったのは最初から比較的幸せだった人であることがわかったのです。
ところが話はそれにとどまりません。元がどんな状態の人であれ、結婚生活に入るということは非常に大きな喜びをもたらすものです。
けれども2年もたつとこの熱も徐々に冷め、だいたい元の状態に戻ってしまうのです。面白いことに、結婚生活に入る際の個人の反応には、かなりのバラつきがあります。
短い期間に急激な幸福感の増大を感じた人は、その状態が長く続きます。逆に、結婚生活への最初の反応が比較的弱かった人は、数年もたてば、さほど幸せではなくなってしまいます。しかも、これは結婚生活を維持している人だけを対象にした調査です。
同じ研究で死別者についても調査がなされましたが、配偶者の死をなかなか受け入れられない現実が浮き彫りにされています。おそらく人間には、決して慣れることができない状態が存在するのでしょう。
何かを失うことは、最初からそれを持っていなかった場合よりも何倍もつらいのです。
なぜ配偶者の有無がこれほど強い影響をおよぼすのかについては、いまだ定かではありませんが、ドイツのデータ同様、「適応」が早く完全に行われるわけではないことが、ほかの調査からも読みとれます。
どちらの方向であれ、結婚をめぐる変化は、その人の幸福度に短期間でかなり大きな変化をもたらすというものです。
ダニエル・ネトルの『目からウロコの幸福学 Happiness: The Science Behind Your Smile』は、それらの研究をもとに幸福の正体、そして幸せを手にするためのヒントを明らかにした一冊ですが、長らく絶版となっていました。2020年1月に発刊された『幸福の意外な正体』は満を持して金森重樹監訳で同著を復刊したものです。