生物は気の遠くなるような長い時間、生存を賭けた進化と淘汰を繰り返し続けている。それはリアルタイムでも進行中だ。遠くない未来には、地球上に存在する生物の種は入れ替わりを見せているかもしれない。
静岡大学農学部教授で生物学者の稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)氏は、そのプロセスにおいて、「ナンバー1しか生き残れない」と語る。そして勝ち抜いてきたそれらの種の「生き残り戦略」はそのまま今を生きる私達に様々な示唆を与えるという。
本稿では、稲垣栄洋氏の新著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』より、カブトムシとクワガタムシの強さの比較から考える「生存戦略」ついて触れた一節を紹介する。
※本稿は稲垣栄洋著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
強いものが勝者ではなく、生き残ったものが勝者
生き物のニッチ戦略は、ビジネスの世界の「コア・コンピタンス」や「ランチェスターの弱者の戦略」を思わせる。
競争社会で勝ち抜くためには、「選択と集中」に尽きる。つまり、「無駄な戦いは避けて戦わず、ナンバー1になれそうな場所で勝負をする」ということである。
コア・コンピタンスは、ゲイリー・ハメルとプラハラードが提唱した概念であり、ライバルに負けることのない企業の核となる能力を言う。
生き物たちの世界では、戦いや競争に強い者が勝者になるわけではなく、生き残った者が勝者である。
そのため、この世に存在しているすべての生物は、自らの強みを活かしナンバー1となるオンリー1のニッチを見いだしているのである。それでは、生き物たちは、どのようにして自らのポジションを確保しているのだろうか。
どのように他の生物と差別化しているのか、どのようにして強みを発揮しているのかに注目してみたい。
実はカブトムシと戦うことは稀…クワガタムシの生存戦略
本当にナンバー1しか生き残れないのだろうか。ナンバー2も生き残れるのではないかと思うかも知れない。
たとえば、クワガタムシはどうだろう。森の王者はカブトムシかもしれないが、クワガタムシも森のナンバー2として君臨しているように見える。
しかし、残念ながらそうではない。クワガタムシもまた、ナンバー2ではなく、ナンバー1として生きていいのだ。
カブトムシとクワガタムシは活動時期がずれている。夏の暑い時期にはカブトムシが活動をするが、クワガタムシはカブトムシと活動時期をずらすように、もう少し涼しい季節や涼しい地域で活動するのである。
つまり、あくまでもカブトムシのいない環境でのナンバー1なのである。
もちろん、カブトムシとクワガタムシの活動は、完全に分かれているわけではないので、カブトムシとクワガタムシがエサ場で出くわすこともある。
しかし、カブトムシとクワガタムシが豪快に戦ったり、カブトムシが豪快にクワガタムシを投げたりすることは稀で、大概は、カブトムシと出くわせばクワガタムシは逃げていく。
カブトムシは角でクワガタムシを投げ飛ばすことができるが、クワガタムシは大きな顎ではさんで、たとえカブトムシの固い装甲に穴を空けることができたとしても、カブトムシを撃退することはできない。
クワガタムシもまた、ナンバー2では生きていけないのである。