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生き方

「無理をするな」が親父の遺言だった

養老孟司(解剖学者),伊集院光(タレント)

2020年11月17日 公開 2022年06月27日 更新

 

もう若手への「無茶振り」で笑いをとるのはダメですね

【養老】僕らが経験した大学紛争のときに巻き起こったことの一つは、医者の世界が徒弟奉公だという批判です。「こんな医局制度は封建的で前近代的だ」と訴えていましたね。じゃあ徒弟奉公ではない、とはどういうことなのか。

でも、ああいう手作業の技術を伝えていく世界は、やっぱり徒弟奉公なんですよ。それを最近は全部オープンにして、それこそコンピューターでもできるようにしていこう、となっていますけれど。

【伊集院】僕が育った落語の世界はまさに徒弟奉公そのものです。これなしで古典芸能の伝承は不可能だと思うのですが、テレビはそうはいかないですね。

実際、後輩と共演するときは言動に気をつけるようになりましたね。「無茶振り」と言って、上のものが下のものに無理難題を言いつけ、言われたほうは時間をかけてガッツで切り抜けるというのは、平成のバラエティ番組の基本と言ってよかったと思うんですが、この手の企画はもうダメなんです。

スポンサーはつかないし、世間も許さない。結果ガッツと時間があることしか取り柄のない若手芸人は仕事がない。

企業も精神論に代わる人材育成法を知らない所が多いじゃないですか。無理だと思っても「弱音を吐かずに頑張れ」という励まししか知らない上司が、「それはパワハラだ」という部下をどう育てるのか。

死屍累々の中「上の言うことに従って弱音を吐かずに頑張る」スキルで乗り切った人しか会社にいないんだから。

ただ、先生は、そんな時代に、周りの価値観に従わなかった人だと思うんです。世間とのズレを気にしなかったんですよね。

【養老】もっときつく言うと、従っちゃいけなかったんだよね。僕が本当に嫌いなのは、「自分は我慢したから、おまえも我慢しろ」という考えです。戦争中はずっとそうでしたから。この強制が日本の場合はいちばんきついでしょ。あの空気は大嫌いですね。

ただ、僕は28年勤めた大学を辞めた瞬間、世界が本当に明るく見えたんですよ。ということは、それまで我慢していたってことです。でも自分で我慢しているとは必ずしも思っていないんです。

授業をするのも、教授会に出るのも、すべて「当然」だと思っていた。辞めて初めて「我慢していた」と気づいたんですね。

【伊集院】なるほど。僕も自分のした我慢はたまたま自分にあっていたからといって、次に続く人もそうだと決めるのは間違っていると思います。僕の我慢は大きな目で見れば、「したくてした我慢」ということで、自分の選択だったんだと自覚しなければいけないんでしょうね。

【養老】よくあるよね、「おれも我慢したから、おまえも我慢しろ」って。それを無視すると、また怒るんだよ、そういう人は。辛抱した人が怒るから、これ、怖いんですよ。

【伊集院】特にスパルタの恐ろしいところは、それで死んでしまう人がいるところですね。死んだり壊れたりした人間は、指導者にならないから変えられないじゃないですか。そうすると延々と続いていくんですよね。

「100%やれ」と言って、80%しかやらない人もいれば、120%やる人もいます。80%しかやらない人に「120%やれ」と言って100近くまで頑張らせるのが「スパルタ」だと思うんです。確かにそれでうまくいった人はいるんでしょう。

でも、もともと120までやる人間に「120やれ」と言うと、やりすぎて壊れてしまう。本当は素質があったり、まじめな人ほどダメになっちゃうんです。もともと80しかやらない人に「80でいい」と言うと今度はものにならないと思いますが。

これからは、みんな自己責任。自分がやりたいならやればいい、それでダメでも自業自得ということになる。ちゃんとできる人はいいけど、僕はダメだったろうなあ。

【養老】「無理をするな」が親父の遺言だって、おふくろはよく言ってましたね。親父は若くして結核で死んだんですよ。自分が無理したことが分かっていたんですね。

【伊集院】それも大きいですね。指導者でもある父親が「自分の失敗を繰り返すな」という思いがあって言ったことなんでしょうね。

【養老】おふくろに言われたので、おふくろ自身がどこかでそれを思いだしていたんだね。ずっと心配していました。

【伊集院】無理をすることの怖さを分かっている人だったんでしょうね。

【養老】過労死なんかほんと、あり得ないですよ。だから突き詰めて考えないことですよ。でも分からないときは分からないんでしょうね、周りの価値観に埋もれちゃって。

だから本当は価値観って自分でつくるんだよね。僕はずっとそう思っていました。

 

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