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生き方

小さなことでも「ノー」を言えない人が“失い続けるもの”

加藤諦三(早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

2021年08月16日 公開 2023年07月26日 更新

何をするにも気力が起きず、「馬鹿らしい」といって人生というものを悲観的に歩む人がいる。こうした人は“食わず嫌い”なのである。食べてみないと美味しいかどうかわからないのに、食べる前からまずいと決めてしまう人である。

作家で早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏は、著書『行動してみることで人生は開ける』のなかで、自己喪失している人ほど、小さなことに対して「ノー」と言えないと指摘する。

自己喪失している人は、そういった“小さなこと”を“くだらないこと”として無視をしたがるが、それは“自立”を妨げる言い訳に過ぎないのだという。

※本稿は、加藤諦三 著『行動してみることで人生は開ける』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「ノー」をいうことは、自己形成への第一歩

よく「自己発見」とか「自分との出会い」とかいうことを聞く。「新しい自分との出会いのために旅に出ます」などという人にもよく出会う。

自己発見のためにはいろいろな方法があろう。旅に出るのもそのうちのひとつの自己発見の方法であろう。

それらの多くの方法の中で僕は“ノーといいたい時にイエスといわない”というのもひとつの大切な方法であると思っている。ノーというべきところでノーといわなければ、われわれは自分を発見することはできない。

それを小さなこと、一見くだらないことのように軽蔑してやらないということがよくない。

たとえば図書館で話をしている人がいたとする。“うるさいから止めてください”といいたい時がある。そんな時“そんなこと”したってべつに自分にとってどうということはないと自己喪失している人は思う。しかしこのような小さな行為を通じてこそ、われわれは自己を回復していくものなのである。

どのような行為も自分の全体と切りはなされているわけではない。したがって今まで、そのような時に“止めてください”といわなかったのに、はじめて“止めてください”といったとすれば、その小さな変化は弱いながらも自分の全体に影響を与える。

“ちょっと話し声が気になって勉強できないんですが、止めてもらえますか、……ありがとう”──このような小さな発言が自己形成への小さな第一歩になっていく。

 

「ノー」をいえない人は"不機嫌"である

アメリカに滞在中よくニューハンプシャーという所に行った。そこにフランコニア・インというホテルがある。僕はそこをいつも利用していた。オーナーが料理長である。

そこはそれほど大きくないホテルであるが、とても感じのいいホテルであり、オーナーはよくロビーに出てきては宿泊者と会話を楽しんでいた。

ロビーにはマントルピースがあって、雪のニューハンプシャーの寒さを心理的に暖めてくれる。その前に素敵なソファーと電気スタンドがある。

マントルピースのなかで赤々と燃える火にあたりながら、ソファーにくつろいで本を読むことは、僕のアメリカ滞在中の最高の心のぜいたくであった。

ソファーによく子供が遊びにくる。子供は子供でまた適当に遊んでいる。しかし時々そのソファーの上でぬり絵をはじめる。

するとオーナーは、ぬり絵をするなら次の部屋のテーブルがいいんじゃないかね、私はこのソファーを汚したくないんでね、と子供にやさしくいった。子供達は素直にいうことを聞く。

そしてオーナーは注意したあと必ず“サンキュー”ということを忘れなかった。いつもそのオーナーは機嫌がよかった。

それをお客さんだから注意がしにくい、などと思ってノーをいわなければ、そのオーナーは、“ああまた子供がやっている”といや気がさし、もしかすると子供がお客さんとしてくるのを嫌いになっていたかも知れない。

それより何より、そのオーナーはいつもニコニコしていられなかったであろう。われわれにしてもオーナーの営業上の笑いと本当の笑いとは感じ分けることができる。

ノーということはお互いの関係をこわすことではなく、お互いの関係をきずくことなのである。

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著者紹介

加藤諦三(かとう・たいぞう)

早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員

1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。

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