行動の「理由」を知ることが、本人も介護者もラクにする
「できること」も「できないこと」も、人それぞれで異なります。たとえば、すでに買い置きがあるのに食パンを何度も買ってきてしまう、という日常のちょっとした失敗。
でも、食パンを買いすぎるのも、単純に「いつ買ったのか忘れてしまっている」のか、「戸棚の扉を閉めたことによって食パンが見えなくなったため、その記憶が消えてしまっている」のかなど、原因はさまざまです。
失敗だけを見ていると「本人に買い物をさせない」と行動を制限するしかないように思えますが、その背景にある理由がわかれば、対応の仕方は変わります。
買い物リストをつくる、ストックは必ず見えるところに置く、そもそも戸棚の扉を外す…。こうしたやりとりの中に、「わかってくれない」「わか らない」といったすれ違いは起こるものです。
でも、それを少なくすることができれば、ご本人も周りの方も楽になる場面が増えていくことでしょう。ちょっとした工夫だけで、今まで通りの生活を続けることができ、本人の尊厳を守り、認知機能の低下を防ぐことにもつながります。
『認知症世界の歩き方』この本の完成を一番喜んでくださったのは、だれよりも認知症のある方ご本人でした。
「自分の口で言ってもあんまりうまく説明できないし、相手にもすぐに理解してもらえなかったけど、これを読んでもらうと"ああ、こんなことが起きてるんだ"って、わかってくれる人が多くて嬉しかった。」
また、ご家族からは、こんな感想をいただきました。
「わたしたち家族が、彼女に見えている世界を理解し、寄り添い、彼女と心地よく過ごすためのヒントを探していたときに、とてもわかりやすく、 世界の見え方を教えてもらえました。」
この本だけで、すべてがわかるわけではありません。でも、認知症のある方にはどんな世界が見えているのかを知ることで、自分や自分の大切な人にどのようなことが起きるのかを、より想像できるようになるでしょう。
認知症とともに幸せに生きる未来をつくれるように
認知症は「今のところ」は、医学的に治す方法はない、という事実があります。しかし、「本人の視点」から認知症を学び、生活の困りごとの背景にある理由を知ることで、「どうやって、認知症とともに生きるか」、つまり、「付き合い方」や「周りの環境」は変えることができます。
付き合い方や周りの環境を変えることで、その困りごと自体が発生しない、ということも起こり得ます。解決する困りごともあるでしょう。
「病」を診て「症状」に対処する医療・介護視点のアプローチではなく、「人」を見て「生活」をともにつくり直す。
そんな視点からできるアプローチもあるはずです。認知症のある方が生きている世界をもっと自分も知りたい。この超高齢社会の日本に、もっとその世界を想像できる人が増えることで、変わることがあるに違いない。
認知症とともに、幸せに生きる未来をつくるきっかけになれば。そんな思いで、この本をつくりました。自分と自分の大切な人との生活をともにつくっていく手引きになれば幸いです。