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生き方

「マンションは火事」「彼氏にリモコンでなぐられ..」えらいことになった、東京暮らし

岸田奈美(作家)

2021年10月18日 公開 2024年12月16日 更新

東京でひとり生きていると、いろんなドラマがあるもの。作家・岸田奈美さんは、東京で暮らした数年間、一生に一度しか起こらないようなことに何度も遭遇します。

マンションでは隣の部屋の住民が「リビングで焼きいも」をして火事を起こしたり、「恋の悩み整体」なるタガが外れた整体に通って共依存彼氏とのことをタロットで占ってもらったり…東京の生活史をご覧ください。

※本稿は、岸田奈美著『傘のさし方がわからない』(小学館)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

東京は火の用心、恋用心

いつのまにか連休がはじまって、おうちキャンプとか、おうちパンづくりとか、おうち時間をどっぷり味わう人もいるみたいね。

わたしも絶賛、味わってます。

引っ越し。

これほどのお家時間はないでしょうと。

寝ても覚めても、お家のことばっか考えてっからね。寝るときも覚めるときも病めるときも考えすぎて、ノイローゼになりそうだけど。つめてもつめても、終わんねえの。目の前に服の山が、いつまでも、いつまでもへらないの。

引っ越し業者を決めるのも「1秒で50社以上の業者に一括見積もり!」をうたうサイトに登録したら、なんか、電話、止まんなくて。朝も昼も夜も、スマホがずっとふるえてる。

何回か意を決して出てみたら「ざっと5万円から15万円ですね」っていう天国or地獄のごとき大博打見積もりがしれっと提出され、浄水器とかエアコンを勧められる。

おばあちゃんちから自宅に帰るときなみに、いらんものを無限にもたされる。わたしゃ引っ越すというとるやろが。断っても、断っても、Wi-Fi機器と光回線をしつこく勧めてくる。コンピューターおばあちゃんか。

うんざりして対応しきれず、候補から外した引っ越し業者を着信拒否したら、今度はメールが山ほど届くようになり、受信トレイが埋まった。もうゆるして。

ギリギリのギリで引っ越し業者も日程も決定し、この1週間はひたすら段ボール箱をつくり、ひたすらモノをつめ続けている。

できるだけ無心で取り組んでいるつもりが、やはり3年という月日を東京で過ごしたヤツらなので、手にとるたびにそれなりの思い出が浮かんできた。東京への置きみやげとして、ここで書いておこうと思う。

 

リビングの真ん中で、焼きいもを!?!

2年くらい前、ベンチャー企業の会社員でヒイヒイいってたわたしは、めずらしく長いお休みがとれたので、沖縄へひとり旅行としけこむことにした。

むかしから飛行機を使って旅に出ると、いつもなにかが起こる。

ミャンマーのヤンゴン空港でスパイだと疑われて警察に両脇を固められたり、羽田空港のトイレで札束の入ったリュックを拾って大騒ぎになったり、新千歳空港で同姓同名の人とチケットを取り違えられて危うく縁もゆかりもない阿蘇くまもと空港に飛ばされそうになったり。

このときもそうだった。大型の台風がとつぜん、東京に向かって北上してきたのだ。

半ばあきらめていたら、なんと、直前で台風がそれていった。長らく運休表示になっていた飛行機が、予定どおり飛べるとわかったのは、出発前日の夜だった。ラッキーだ。

「おっつかれさまでーす! 明日からお休みいっただっきまーす!」

るんたるんたとはずむ足取りで退勤し、当時住んでいた品川区のマンションに帰ってきたら、閑静な住宅街のはずなのにやたらとさわがしい。見上げれば、夜なのになんだか、空が赤い。

わたしのマンションが、煙を上げて燃えていた。

えっっっっ。

パジャマ姿で呆然とながめているカップルがいたので、声をかけた。

「あのっ! ここに住んでる者ですけどっ! どうしたんですか!」
「あー……や、なんか俺らもわかんなくて。火災報知器が鳴って、あわてて出てきました」

彼氏が困ったように、ひきつった顔で笑う。

「でも、もう消火したんじゃないかな」

マンションを見ると、2台の消防車がホースを伸ばし、3階のベランダから角部屋に向かってガンガンに放水していた。白く泡立った消火剤でベランダの原型が見えないくらいベッシャベシャになっていたが、火の手は見えない。

「ああ、本当だ」
「ね、よかった」

まあ、そこ、うちの部屋のとなりなんですけどね。よくない。全然、よくない。

エアコンの室外機が、お亡くなりになっていく悲鳴が聞こえる。スーツケースにつめてもっていくために、洗ってベランダで干していた浮き輪なんて、たぶん水圧でどっかにふき飛んだ。夏の思い出、フライアウェイ。

しばらくしたら消防隊員の人が、

「住民のみなさんはもう入っていただいて大丈夫です!」

といいにきてくれたので、みんなでぞろぞろ列になって、部屋にもどった。

火元であるわたしのとなりの部屋は玄関の扉が全開のままで、ちょっとのぞいてみると、新築で真っ白なはずの壁が、ススで真っ黒になっていた。消防隊員と警察官が、なかでなにやら事情聴取らしきことをしている。部屋にもどるふりをして立ち止まり、わたしは耳をすませた。

「ええと、じゃあ、リビングの真ん中で焼きいもをしていたと」

リビングの真ん中で、焼きいもを!?!

「それで、火がついたままコンビニに行ってる間に、燃え広がっちゃったんですね」

火がついたまま!? コンビニに!?

予想もしていない事態に、わたしの脳はたちまちフリーズしてしまった。人間なにがどうなれば、リビングの真ん中で焼きいもを焼いたままコンビニに出かけられるんだ。

たき火なのか、オーブンなのか、焼き方は知らんが、ともかく焼いてる途中に「焼きいもにはバターとはちみつだよね♪」と思い出し、買いに外へ行ったというのか。なぜ火を消さなかった。火を絶やしたら、熊や野犬にでもおそわれるのか。

秋の満月にやられたか、もしくは、ストレス社会でおかしくなってしまったとしか考えられない奇行である。

でも、まあ、おかしくなる気持ちはわかるよ。ここ、リビング5畳の1Kなのに、11万円だもんな。出社して、寝るだけの部屋だよ。

「すみません、あとから大家さんから説明があると思うので、部屋にもどってください」

かくれているわたしに気づいた警察官から、即座に追いはらわれた。わたしの部屋に入ると、ススと煙のにおいで鼻がつぶれそうになった。

けが人はいなかったし、犠牲になったのもせいぜい浮き輪くらいだし、沖縄へも行けることを思えば、幸いだったのかもしれない。そう自分にいい聞かせながら、ベッドへ腰を降ろす。

壁側のコンセントに接続していたスーパーファミコンのアダプタが熱でとけているのが目に入った。ささっていたソフトは、よりにもよってボンバーマン2だった。

弁償してもらうとしても新品がもう売ってないゲームソフトの扱いってどうなるんだろうと気をもみながら待っていたが、ついにオーナーさんからの説明はなく、火事など最初からなかったかのようなふるまいに、悲しみの行き場をなくしたわたしは一連の出来事をツイッターに投稿して鎮魂を図ったのだが、勤めていた会社の役員から即座に「そういう投稿は差しひかえてほしい」と強めにしかられ、ものの数分で消した。

すべては秋の夜長に散っていった。

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「つき合ってる彼氏にリモコンでなぐられて、ねんざしちゃって」

著者紹介

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

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