「夜更けにひとり、ぼんやりしているのが好き」世界的美術家・篠田桃紅の趣味事情
2021年11月11日 公開 2024年12月16日 更新
2021年3月1日に107歳で逝去した世界的美術家、篠田桃紅さん。5歳の時に父の手ほどきで初めて墨と筆に触れてから、ほぼ独学で書を極め、やがて美術の世界へ。随筆の分野でも現代の清少納言といわれた瑞々しい感性にあふれています。本稿では篠田さんの随筆集『朱泥抄』から、趣味について思いを綴った一説を紹介する。
※本稿は、篠田桃紅著『朱泥抄』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。(本書は1979年にPHP研究所から刊行された同名の書籍を再編集、新装復刊したものです)
どんな建物にも窓がある
建物の窓は、明りとり、風入れ、眺めなど、人と自然とのつながりのためにあるが、また人と人とのつながりの窓口というのもある。人は出入口から内と外とを行き来するが、窓は開いても外との行き来はしない。
窓から出たり入ったりするのは地震の時ででもない限りお行儀のわるいことである。関東大地震の時、子供だった私は窓から庭に飛び降りた。平屋の窓だったから、ひらりと飛び降りたつもりである。そのほか窓から外部との行き来はしたことはない。
窓には人が内からうかがい見る外部、外から控え目にしのびよる自然、人の視覚やその他の感覚を区切って集中したものにするかたち、そんな微妙な役目がある。窓による半身の人はなつかしい。窓に見える人は、外の者にとっては見えても彼方の人である。垣間見る、というような見方は優雅である。
連想と憧憬を誘い、深窓というような言葉の余韻となる。昔から物語りの聡明なコイビトは、たいていまず窓から現れる。そしてその窓は間もなく閉じられる。次の日、窓は開かれていても人影はないかも知れない。
そのかわり歌声やものの匂いが流れてきたり、外からも花びらやとんぼが舞い込んだりすれば、内と外との物語りはつづくのである。ふと飛び込んだ黄色い蝶に心をときめかし、舞い落ちた一片の枯葉に何かの暗示を見るような古風な情感を窓はかかえ込んでいる。
窓辺の人の身のこなしを、知らず知らず美しくしているようなかたち、私たちの想いのなかの、江戸や明治の丸窓に見られる人はみんな美人であったし、武者窓とか、京都御所の櫛形の窓などは、中世のドラマをのぞかせる。
この間、大徳寺の竜光院で、火頭窓の外にたたずんでいたら、ふとその窓に灯がともったのが心にしみた。心の集中を表わすような形の、白い障子のその内には、きびしい勤行の心があるにちがいない。人を配して生きる窓、深い奥を思い見させるような窓がいい。
外の木立や建物や人たちが優しく見えるような窓によりたい。内部の空気調節が完全で開くことのない窓でも、窓というからには、内と外とのつながりが生まれなければいけない。そういうかたちや手だてがなされなければいけないと思う。人は窓に夢を託したり、育てたりしてきたのだから。
こういうこころの方をしんにして、雨じまいとか採光、遮光、通風や用心や材料やおねだん、そういうもろもろも勘定に入れて寸法を出さなければならない建築家もたいへんだが、もともと家に窓をつけたのは人だから、心と機能は反するものである筈はない。