家族に適切なアドバイスをするのも医療従事者の役割
現在、治療薬がある病気では、薬を出して終わりという医療が行われるケースが残念ながらあります。薬だけで完全に治せるのであれば、それでもいいのかもしれません。
しかし、認知症の場合は、そうはいきません。適切なアドバイスが必要になります。
認知症の症状の中には、正常な認知機能をもった人から見たら、なかなか理解しがたい症状もあります。
アルツハイマー型認知症であれば、「何でさっき言ったことが覚えられないの!」と家族が患者さんを怒鳴ることがあります。こうした家族に対しては次のように説明します。
「海馬という、記憶をためておく貯金箱が萎縮して小さくなってしまっているんです。貯金箱でも、いっぱいになったら、もう入らなくなるでしょう。同じように、新しい記憶が脳の中に入らなくなってしまっているんです。
無理やり入れようとしても外にこぼれてしまうんです。古い記憶は貯金箱の中にあるので思い出せるのですが、新しい記憶はもう入れられないんですよ。だから、やさしく接してあげてください」
本人が新しいことを覚えようと努力しても、病気のために覚えられないのです。自分ができないことで怒られるのは、誰でもつらいことです。怒られ続けるのは、針のむしろに座っているようなもので、それによって認知機能がさらに悪化してしまいます。
「水の流しっぱなしがあったら蛇口を閉めてあげてください。火のつけっぱなしがあったら消してあげてください」
家族にこうお願いすることもあります。家族が、認知症の症状が起きるメカニズムを理解し、症状に合ったふさわしい対応をすれば、病状は悪化しません。外来では、できるだけこうしたアドバイスをするよう心がけています。
「家族も第2の患者ですよ」
家族の人たちが私たちにこう言うことがあります。認知症の人がいれば、一緒に暮らす家族の日々の生活も何かと大変になります。家族がリフレッシュする時間、心と体を癒す時間も必要になります。
やさしく接してあげたいと思っていても、自分自身が疲れ切っていて心に余裕がなければ、やさしく接してあげることはできません。
介護保険を利用したデイサービスを利用すること。家族が旅行に行くときなどには、ショートステイのサービスを利用すること。こうしたことをアドバイスするのも医療従事者の役割です。しかしながら、実際には行われていないことが多いのが現状です。