今年9月、認知症の新薬「レカネマブ」が日本で正式承認されました。治療効果の期待は膨らみますが、新薬を治療に適切に、有効に使っていくために、大切なことがあるといいます。長年にわたり認知症予防の研究に携わる専門医に話を聞きました。
※本稿は、浦上克哉著『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
待ち遠しい治療薬の誕生
ここ10年ほどの間に、認知症に関する研究は驚くほど進歩しています。アルツハイマー型認知症は、原因物質であるアミロイドβたんぱくが見つかってから、一気に治療薬の開発が進みました。ブレイクスルーとなる発見があれば、現代科学の技術をもってすれば、治療薬の開発もそれほど難しいことではないのだと期待させてくれます。
アルツハイマー型認知症では、現在ある4種類の治療薬(括弧内は商品名)、①ドネペジル(アリセプト)、②ガランタミン(レミニール)、③リバスチグミン(イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ)、④メマンチン(メマリー)よりも、ワンランク上の「疾患修飾薬」の開発が進んでいます。
疾患修飾薬とは、以前は「根本治療薬」と言われていた薬で、疾患の原因となっている物質に作用して、疾患の発症や進行を抑制する薬のことです。
2021年、アメリカではアルツハイマー型認知症の治療薬として「アデュカヌマブ」という薬が承認されました。日本でも承認申請が出されていますが、まだ承認されていません。「レカネマブ」という薬は2023年8月に日本でも承認され、上市(じょうし)されることになりました。
こうした治療薬を適切に使うためには、正確な診断、早期の診断が欠かせません。脳脊髄液中のアミロイドβたんぱくを計測することは、すでにできるようになっています。ただ、血液中のアミロイドβたんぱくを計測することは、これまでできませんでした。
しかし、島津製作所と国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが新しい血液分析法を共同開発し、これが可能となりました。まだ保険適用にはなっていませんが、こうした技術の進歩もあります。
血管性認知症については、以前から原因がわかっていましたので、予防できる認知症ということで研究が進められていますが、画期的な研究成果は発表されていません。
レビー小体型認知症においても、αシヌクレインというタンパク質が原因でレビー小体ができることがわかりました。アルツハイマー型認知症と同様、近い将来、疾患修飾薬が開発されるのではないかと期待しています。
また、パーキンソン症状の治療薬も進歩しており、「ゾニサミド」という薬が開発されました。この薬によって認知機能が回復するわけではありませんが、パーキンソン症状の治療と、進行を遅らせることが可能になりました。
4大認知症の中で原因究明が一番遅れていた前頭側頭型認知症でも、「タウ」や「TDP―43」というタンパク質が神経細胞内に蓄積するのが原因であることが研究でわかってきました。
こちらも、原因タンパク質が発見されたことで、近い将来、治療薬が開発されるのではないかと期待しています。
薬物治療だけが治療ではない
アルツハイマー型認知症の「アリセプト」という薬が出たのは、今からおよそ20年前。認知症も、ようやく早期診断、早期治療の時代に入ったと言われました。その当時、医師向けのある講演会で、この薬について言及したところ、次のように言われたことがあります。
「アルツハイマー型認知症の薬はできたかもしれないが、前頭側頭型認知症には治療薬がない。こんな病気の早期診断をされて何がいいんだ。早期診断=早期絶望じゃないか」
私はそれに対して、次のように答えました。
「薬による治療だけが治療ではありません。適切な対応を患者さんにしてあげることも、私たち医師にとって大事なことなのではないでしょうか」
その人は、これを聞いて不満そうな表情で去っていきました。治療薬が開発され、薬物治療を行えるに越したことはありません。
しかし、それ以上に、家族を含めた周囲の人たちが認知症という病気を正しく理解し、症状に応じた接し方をすることが大切なのではないでしょうか。そのために適切なアドバイスを行うことが、私たち医師を含めた医療従事者の大事な役割になります。
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家族に適切なアドバイスをするのも医療従事者の役割