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高橋幸宏の「私的名曲ガイド」

2012年09月12日 公開

高橋幸宏(ミュージシャン)

YMOなどのグループで活躍するミュージシャン・高橋幸宏さん。まだ幼かった頃の高橋さんが果たしたポップ・ミュージックとの出会い、昭和時代の音楽シーンについて、そしてビートルズから受けた衝撃を語っていただきました。

※本稿は、高橋幸宏著『心に訊く音楽、心に効く音楽』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

ヘイリー・ミルズヘの恋

ぼくは5人兄弟の末っ子でね、音楽では、すぐ上の兄の信之の影響をとても強く受けていました。すぐ上とはいっても、6歳も離れてるんですが、その兄が、慶応大学でフィンガーズというバンドを組んでいた。

1960年代のちょうど半ば、いわゆるエレキ・バンドのブームの頃です。

ギターには、成毛滋さんがいました。速弾きの王様みたいな人で、アマチュアの頃から他を圧倒していましたね。しかも、ブリヂストンの創業者のお孫さん。他にも、そのバンドには、歌人斎藤茂吉さんの孫や衆議院議長石井光次郎さんの孫なんかがいました。

いわゆる慶応のおぼっちゃんバンド。ただ、あの頃は、簡単に楽器は買えないし、エレキ・バンドを組んでも練習する場所とか大変だし、案外こういうバンドが多かったような気がします。

そのフィンガーズが、サトウ製薬提供の『勝ち抜きエレキ合戦』というテレビのオーディション番組で優勝した。それも、他を寄せつけないくらいの圧倒的な強さで。

それが、ぼくには、子供心に強烈だった。その後の音楽とのかかわりを考えると、決定的な出来事の1つと言えるかもしれません。

フィンガーズは、それからプロになってレコードを出したりしましたが、メンバーが落ち着かずに、結局、知る人ぞ知る存在で終わったんじゃないかな。

ぼくのほうは、これも、兄の信之の影響だったんですが、映画の中の1人の女の子に恋しちゃうんです。

『罠にかかったパパとママ』という映画に出てくるヘイリー・ミルズという女の子、彼女が映画の中で歌う曲を買いに行ったのを覚えています。

離ればなれに育った双子の姉妹が偶然出会うという物語だったんだけれど、その中で、ヘイリー・ミルズが、レッツ・ゲット・トゥゲザー、イエィ、イエィ、イエィと歌う。その主題歌「レッツ・ゲット・トゥゲザー」が、最初に買ったレコード。

小学校の4年生か5年生だったと思います。それが初めての洋楽体験、初めてのアメリカのポップ・ミュージック体験ですね。

 

テレビで触れたポップ・ミュージック

まだ、洋楽みたいなのがふんだんに身近にない頃でした。

テレビ番組、それも、オリジナリティのあるテレビ番組となると、『ザ・ヒット・パレード』があるくらい。

ダニー飯田とパラダイスキングとかが、海外のヒット曲に日本語の歌詞をつけて歌ったりしていましたね。石川進さんや坂本九さんがいて、のちに九重佑三子さんが入ったりしていたグループです。

「ビキニスタイルのお嬢さん」や「ステキなタイミング」、懐かしいなあ。それまでの歌謡曲とかと違って、酒落ているというか、モダンに感じられましたね。

それから、『シャボン玉ホリデー』とか、『夢であいましょう』とか、テレビでも音楽が絡んだバラエティー番組が賑やかになってくる。ザ・ピーナッツに、ハナ肇とクレイジー・キャッツ。

よく出ていましたねえ。飯田久彦さんの「ルイジアナ・ママ」、弘田三枝子さんの「ヴァケーション」、田辺靖雄さんと梓みちよさんの「へイ・ポーラ」あたりも、この頃です。

そこに、海外のテレビ・ドラマも混じるようになってくる。

その1つが、デビー・ワトソンが出ていた『カレン』、いわゆるアメリカの青春ホーム・ドラマです。主題歌は、ビーチ・ボーイズが歌っていたと思います。

ただ、レコードでは、ぼくの記憶にあるのは、ザ・サファリーズの「カレン」というので、日本のスリー・ファンキーズなんかも歌っていたんじゃないかな。

サーフィンとか、ホットロッドと呼ばれていたアメリカのポップ・ミュージックです。ザ・サファリーズは、ドラムが印象的な「ワイプ・アウト」というヒット曲があって、それも有名でした。

そういう『うちのママは世界一』とか『パパ大好き』などのアメリカのテレビ・ドラマを見ているうちに、音楽もそうだけど、このあたりからぼくは、ファッションにも目覚め始めていく。

「海外ってすごいなあ、父親がボタンダウンのワイシャツを着てるんだ」と。

 

ビートルズの衝撃

そうこうしている間に、ビートルズが出てきた。衝撃的でしたね、もう。

ビートルズを知ったのも、ラジオではなくて、テレビでした。あるとき、テレビを見てたら、ビートルズがコマーシャルに出ていた。森永のチョコレートのCMだったと思いますが、映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』の中のシーンが使われてて、ワーッ、格好いいなあ、と。

なんなんでしょうね、あの興奮は。それまでの人たちとどこが違うかと訊かれると、答えを出せなくて困ってしまうんですが、とにかく、4人が格好良かった。

ボーカルがあったことも、新鮮だった理由の1つかもしれません。それまでは、ベンチャーズに代表されるように、ほとんどがインストものでしたからね。

音楽を聴いて熱狂するような体験は、ぼくにとって、ビートルズとの出会いが初めてと言えるかもしれません。ただただ興奮しながら、観たり、聴いたりしていました。

そうするうちに、彼らは、バンドをやることの魅力も教えてくれました。1人でやるのも楽しいけど、友だちと一緒に楽器を演奏する歓びみたいなものです。

マッシュルームカットも衝撃でしたね。当時は、あんなに髪を伸ばしちゃ駄目だと親たちに言われていましたが、いま改めて見るとすごく短いから驚いてしまいます。

ビートルズの曲は、みんな好きだから、1曲とか2曲とかは選べない。そのときの気分によって変わります。

最近、映画『ソーシャル・ネットワーク』を観たときに、そこで「ベイビー・ユーアー・ア・リッチ・マン」が流れました。それで、久々に聴く機会があったんですが、あれはもう、テクノですね。

そうやって、同じ曲でも、時代によって新しい発見が出てくるのも、ビートルズのすごいところです。だから、いまだに飽きずに聴き続けることができる。

初期、中期、後期と――、その時期その時期によっても良い曲がいっぱいある。

初期だったら、「ア・ハード・デイス・ナイト」ですかね。だって、あのイントロですよ、意表を突くというか、いきなり、ギターでジャーン、いま聴いても、あれはないだろう、と思います。あんな大胆な発想は、大人たちには絶対浮かばなかったはずです。

隠れた名曲みたいなのもたくさんある。

例えば、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」とか、「アイル・フォロー・ザ・サン」とか。ビートルズの中のセンチメンタリズムですね。ひょっとすると、ぼくが、ビートルズに惹かれたのは、そういうセンチメンタリズムが彼らの音楽にあったからかもしれません。

映画『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の中に、リンゴが1人で外に出て行くシーンがあるんですが、そこで、「ジス・ボーイ」がかかる。あれなんかも、本当に切ない。

中期のアルバムだったら、『リボルバー』ですかね。あの中の「トゥモロー・ネバー・ノウズ」と「タックスマン」を、ぼくはカバーしています。

後期に入ってくると・もちろん、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、あの中の曲は全部好き。

『マジカル・ミステリー・ツアー』の中の「フライング」も、ドラムの音がどうやってもああいう音にならなくて、いろいろ工夫しながら探した記憶があります。

映画 『イエロー・サブマリン』 も、好きでした。ぼくの頭の中にあの映画からのアイディアがずっとあって、実践してみたことがあるんです。

YMOの「ピュア・ジャム」のときでした。「こんなふうにテープを重ねてやってみていいですか」と、細野(晴臣)さんに相談して、同じようなハーモニーを作りました。だから、『イエロー・サブマリン』を観てもらうと、どこかに「ピュア・ジャム」と似たハーモニーのフレーズが出てくる。

『ホワイト・アルバム』も、『アビイ・ロード』 も、良いですね。『アビイ・ロード』の中の「サムシング」なんて、いま聴いてもすごく良い。東京スカパラダイスオーケストラの川上つよしくんが、彼のアルバム『シンガーズ・リミテッド-ゴールデン・ムード・ヒッツ!』で取り上げましたが、そこで、ぼくは歌っています。

なかなかそこまで知らない人も多いだろうけど、そうやって、シンガーとしてもゲストで呼ばれることも多いんです。ぜひ聴いてみて。

 

高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)

ミュージシャン、ファッションデザイナー

1952年東京都生まれ。高校時代からスタジオミュージシャンとして活躍。1972年に加藤和彦率いるサディスティック・ミカ・バンドへドラマーとして加入。1978年、細野晴臣・坂本龍一とともにイエロー・マジック・オーケストラを結成。国内外の音楽はもちろんのこと、あらゆるアートの世界ともリンクして、圧倒的な影響を残すも83年「散開」。ソロアーティストとしては、1978年の1st『Saravah!』以来、2009年の『Page By Page』までに22枚のオリジナル・アルバムを発表。ソロ活動と併行してTHE BEATNIKS, SKETCH SHOW,pupaなどのユニットでも活躍。ファッション・デザイナーとしても長いキャリアを持つ。

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