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生き方

岸田奈美さんが“30分で6人にケーキ屋を聞かれた”先にあった「巨万の富」とは

岸田奈美(作家)

2026年03月05日 公開

岸田奈美さんが“30分で6人にケーキ屋を聞かれた”先にあった「巨万の富」とは

春の風物詩といえば、桜。そして、"うまい話"。新生活の不安や期待につけこむマルチ商法は、毎年のように若者を狙います。けれど本当にこわいのは、悪意そのものよりも、「断れない気持ち」かもしれません。

作家の岸田奈美さんは、自由が丘で声をかけられ続けた実体験をもとに、笑いと怒りをまじえながら、その違和感の正体を描きます。やさしさを失わずに、自分を守るためのエッセイです。

※本稿は、岸田奈美著『傘のさし方がわからない』(小学館文庫)から一部抜粋・編集したものです。

 

歩いてたら30分で6人から「ケーキ屋知りませんか?」ってたずねられた 

これは、あなたのために書いている。

春から大学生や社会人になって、新しい環境にドキドキして。大変なことが起こっている世の中で、将来や収入に不安を感じて。家族や友人のいない都会で、漠然とさびしくなって。そんなあなたのために、書いている。

「すみません。いまから友だちの集まりっていうか、ちょっとしたホームパーティがあるんですけど、バースデーケーキ買えるところ探しててえ⁉このあたりでおいしいケーキ屋さん知りませんか?」

顔をあげたら、きれいなお姉さんがふたり立っていた。知らん人にかける第一声としては情報量が多すぎるし、なんで他にも人がおるのにわたしにだけたずねてくるねん、と驚愕した。「探してて...」ではなくて「探しててえ⁉」なところに、このお姉さんたちのテンションがどんなもんだったか、想像してほしい。

仕事以外で他人と話すのが本当に苦手なので「えっ、あっ、ふえっ」みたいな声しか出なかった。でもお姉さんたちは、満面の笑みでニッコニコしてる。自由が丘のケーキ屋さんなんぞ、まったくくわしくないけど、これはなんか答えなアカンぞと思って、頭をフル回転させた。

 

コミュ力爆竹100連発びっくり箱のお姉さん

「えーと、ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって、けっこうたくさんあるチェーン店だから、自由が丘って感じはないかもしれないけど、実は本店がわたしの地元である神戸で、だからわたしの血はアラカンの3種のベリーの色っていうか、あっ、地元ではアラカンって略すんですけど、うへへへ、でゅふ」これをみなさんの想像の3倍くらいの速さで、自信なさげにまくしたてた。がんばった。

「神戸なんですかあ! 東京にはいつから?」ケーキではなく、わたしの出身地にお姉さんは食いついた。「に、2年前から」「ふーん! 就職ですか?」「いえ」「じゃあ転勤かなあ? どんな仕事なんですか?」右から左から、お姉さんが質問してくる。

そんなこと、ある?道や店をたずねたあと、そんな会話をはずませてくること、ある?なんやねん、めっちゃこわい。いままで、因縁つけられるとか、ナンパでしつこく絡まれるとかはこわいと思ったことあるけど。きれいなお姉さんにフレンドリーに話しかけられるの、別の方向性でこわい。フレンドリーの出どころがわからんから、こわい。

「仕事は......文章を書く、なんか、そういうのをフリーでやってます」「ふうん。楽しいですか?」「楽しいです」なにか売りつけられるんかな、と思ってリュックをギュッとかかえたけど、そのままお姉さんたちは「ありがとうございましたー」といって、去っていった。わたしは自分の社交性のなさと、器の小ささを恥じた。お姉さんたちはただのコミュ力が爆竹100連発びっくり箱なだけの、良い人たちだった。

 

「おいしいケーキ屋さん知りませんか?」再び

そうだそうだ、ファミリーマートでお金をおろさにゃならん。ふたたび歩き出したわたしは、また呼び止められた。「あのー、すみません」スーツを着た男性と女性だった。丸の内!広告代理店!営業部エース!スタイリッシュ!プレゼン勝利!圧倒的成長!って感じの。

「これから友だちのホームパーティに行くから、バースデーケーキを探してるんです。おいしいケーキ屋さん知りませんか?」聞き覚えがありすぎる。さっきのお姉さんたちに声かけられてから、まだ5分も経ってないのに。みんなそんなに、ケーキ屋さんにうといものなのか。もしかして自由が丘、ケーキ屋さんに関する情報規制でもされてんのか。

「さっき同じこと聞かれたんですけど、同じパーティに行く人ですかね?」「えっ。ちがいますよ。おもしろいですね」まったくおもしろくはない。この時点でわたしは、ドッキリ系のYouTuberか、大学生の社会実験か、変な会社のコミュニケーション研修のどれかだと目星をつけていた。わたしは答える。
「ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって(略)」1日に2度もアラカンと地元の話をするとは思わなかった。

「神戸なんですねー! 東京にはいつから?」そしてまた渾身の説明をスルーされてしまう。少しくらいタルトに興味をもてよ。あきらかにこれはおかしいと感じたので、今度は職業を明かさないようにした。

「会社員ですか?」「うん、まあ、そんな感じです」そしたら、オフィスカジュアル女性が横から急にカットインしてきた。

「わたしたちも会社員です!知り合いが飲食店やってるんですけど、営業自粛で売上が落ちてて、なんとかしてあげたいんです!これもなにかの縁だから、一緒にご飯行きません?」「行きません」びっくりするふたり。こっちがびっくりだわ。

「絶対さっきの人たちと関係ありますよね?これなんなんですか?テレビとかの企画? 研修?」聞いてみたら、明らかにスーツ男性が苦笑いして。オフィスカジュアル女性は、急にテンションが下がって会話から引っこんでいった。高低差が激しすぎるやろ。

「ちがいますよ」「じゃあなんなんですか」「ねえ、なんなんでしょうかね」「絶対に変でしょ、だってまったく同じ会話さっきもしましたよ」「へえー、そうなんですか!おもしろいですね」

スーツ男性はずっとうすら笑いを浮かべている。煙に巻くような返事。ななめに立って、目も合わなくなる。「じゃあ」といって、そそくさと逃げていった。猛烈に怒りがわいてきた。

 

どんだけ私はカモ顔なのか

人がヘットへトの頭をひねって、ないコミュニケーション能力をふりしぼって、がんばってタルトと地元の話をしたのに、なんやねんその態度は。

基本的に好意の見返りは求めないようにしているのだけど、このときは疲れと混乱で、わたしはめちゃくちゃに怒っていた。めちゃくちゃに怒りながら自由が丘駅に向かう途中、男性ふたり組から声をかけられた。「ちょっと聞きたいんですけど!このへんでおいしいケーキ屋さん、知りません?」

ひざからくずれ落ちそうになった。オペレーション考えてるやつ、アホちゃうか?自由が丘なんてそんなデカい街ちゃうぞ。レッドオーシャン戦略すぎるやろ。事前に練習せえ!情報共有をしろ!せめて声かけの内容くらい変えろ!

30分も経ってない間に、3組から声をかけられた。どんだけわたしはカモ顔なのかと。ふと、となりにある店のショーウインドーガラスを見る。わたしが映っている。しめきり明けに教習所に行くので、すっぴん・髪の毛パサパサ・死んだ目・クマだらけの立派なカモ顔のわたしが。

「僕ら、1年前に東京出てきたばっかで?」「そうなんですね、わたしも今年からです」「もしかして就職?」「はい」しれっとうそをついた。「えっ、じゃあお茶しません?」「お茶しましょう」 急にめちゃくちゃ話の早いやつみたいになってしまったが、わたしは怒っていた。

彼らがなんでこんなことをやってるのか知りたかったし、それが悪い目的ならば、カモ顔を代表して、全国のカモ顔に知らせる使命があると思った。しかしながら危ないので、みなさんは真似してついていかないように。わたしは所属している事務所の複数人に事情を伝え、家族にGPS(現在位置を特定するシステム)をリアルタイム送信し、彼らについていった。

自由が丘は遊歩道にベンチが設置されているので、そこでいいじゃんといったが、店へ行こうと執拗に誘われるのでどんな店かと思ったら、ファミレスだった。

 

ひとり暮らしの便利グッズを伝授され...

わたしの前にすわるのは、ふたりの男性。ひとりはチャラいイケメン。アルマーニっぽい柄シャツを着ていたのだが、肩のあたりの縫製がガッタガタで糸が飛び出ていたので、たぶんアルマーニじゃない。便宜上、この男をナイマーニと呼ぶ。

もうひとりは超塩顔で、存在感のうすいメガネ。......だと思ってたけど、ファミレスに着いた瞬間、ナイマーニよりメガネの方が、人が変わったようにペラペラとしゃべりたおしてきた。なんのエンジンがかかったというのか。憶測だけど、もしかしたらナイマーニは「人の警戒心を解かせる役」みたいなのがあったのかな。

会話をiPhoneで録音しようと思って起動させていたら、IT企業の企画担当を名乗るメガネがやたらと「ホーム画面のアプリを見せて」とうるさいので、しぶしぶ録音を停止した。iPhoneは録音していると、画面の上部が赤くなって一発でバレるからだ。もし録音防止のためにいってきたとしたら、メガネは切れ者だ。

「最近ひとり暮らしはじめたの? こういうモノ用意しておくと超便利だよ」急にそんな話がはじまったので、これはなんか売られる! と思って身構えていたら。

「高い家電や家具は、メルカリで『テーブル 転勤』などで調べると、早く処分したい人が安く売ってるのが見つかる」とか、「ワンルームのせまいキッチンだったら、もち手が取れるタイプの鍋を買うと便利」とか、「スタンプ式のジェル洗剤を使うとトイレ掃除が楽」とか、本当に超便利なものを紹介してくれた。

ナイマーニ、見た目によらずめっちゃ家庭的。しかもわりと苦労しているタイプの節約家。推せる。ちょっと疑っちゃってごめんね。そう思いはじめたころ。

 

巨万の富に手が届きそう...?

「あとやっぱり、いまから巨万の富を得られるように考えておいた方がいいよ」順番がおかしいだろ。メルカリ、鍋、トイレ洗剤ときて、巨万の富はないだろ。ルネサンス期の3大発明が羅針盤、火薬、ルンバだったくらいのぶっ飛び方だよ。ホウキと掃除機と高圧洗浄機くらいははさんでくれよ。

「巨万の富......っていくらなんですか?」「奈美はいま初任給がいくらくらいなの?」フレンドリーもぶっ飛びすぎていて、いつの間にか呼び捨てになっている。さんをつけろよデコ助野郎!とさけびそうになった。

「20万円くらいですね」適当な数字だ。「そっか!俺は23歳だけど、会社員の給与が25万円で、副業の収入が30万円あるよ」ナイマーニ、5歳も下やった。ほんで巨万の富とは、30万円のことやった。すごい。意外に手が届く。わたしのような庶民でも、巨万の富を得られる夢が広がってきた。ちなみにメガネも同じくらいの収入だった。もっと巨万の富に欲をもとうぜ。2兆円とかさ。

「これ、俺のインスタアカウント! フォロワー1万人いるんだよ。奈美はインスタやってる?」メガネがスマホの画面を見せてくれた。

「やってないですね。ツイッター(現X)はやってます」「ツイッターかあ。匿名だし、暗めだし、イケてる人少ないよね」

突然、わたしの愛する主戦場をけなされて真顔になってしまった。彼らはインスタでイケてる存在という自覚があるらしい。見せてもらったら、大勢でバーベキューしてる写真とか、青空の下でヨガしてる写真とか、すごいキレイな外国の写真とかでいっぱいだった。

「写ってんのが俺らの友だち! みんなすげえインフルエンサーで、海外旅行とか行きまくり」

「へー。ナイマーニくんのアカウントは?」「......俺はやってない!」

衝撃を受けた。マジか。こんなにインスタで友人同士のキラッキラな濃いコミュニティができてるのに、おまえやってないんか。大丈夫か。落ちこんでないのか。なにがあってん。そのときはなんか切なくなっちゃったんだけど、あれはもしかして、ひとつのアカウントを見せびらかす用にみんなで使いまわしてるんじゃないかな......。基本、みんなで写ってる写真とか、エモい風景の写真ばっかりで、どれが本人かは特定できなかったし。そのはずだよ。使いまわしてるんだ。そうじゃなきゃ、ナイマーニが浮かばれない。

 

ウユニ塩湖に行きたいか?

「で、このインスタで副業ができんの。それで誰でも30万円もうかる!」「どうやって?」

「海外旅行で映える写真撮って、イイネを集めて、フォロワーを増やす。そしたら企業から、インフルエンサー限定の広告案件がくるから。サンプルもらって写真撮って投稿するだけで5万円とか。俺はヘアサロンもそれで無料だよ」

「でもそんなたくさん海外旅行に行くお金なくない?」「海外旅行の会員権利を買えば大丈夫!」

待て待て待て。聞き慣れないパワーワードをいきなり放りこんでくるな。

「入会するときに30万円と、毎月1万円が必要なんだけど、これを5人の友だちにすすめて入会させると、奈美は無料でウユニ塩湖に行けるんだよ」

なぜかナイマーニの中では、わたしがウユニ塩湖を目指すことになっていた。ウユニ塩湖を目指したことはない。でも、あまりにもウユニ塩湖を連呼されるので、ちょっとウユニ塩湖が気になってきた。プラシーボ効果。ほかにもなんかいろいろ聞いたんだけど、書くのもめんどくさくなってきたので、このへんで書き連ねるのはやめておく。つまりはマルチ商法でした。

「他人から私生活をうらやましがられる生活をしてみたくない?」

ドヤ顔でメガネからいわれた。すでに他人から私生活をおもしろがられる生活をしているのだがと思った。わたしが途中で一気に興味をなくしたのと、なにをいっても反応しなくなったので、ナイマーニとメガネもあきらめてくれたのか、お茶会はきっかり1時間で終わった。

 

距離のつめ方がひかりの速さの人に注意せよ

最後に、あなたへ。道やお店に迷っている人を助けるのは、いいことです。でも世のなかには、あなたの好意をふみにじるように、だましてくる人もいます。

何年か社会人経験を積んだはずのわたしでも「ここで会話を止めたらお姉さんに悪いかな」と罪悪感がわいたので、もっと若くて、もっと優しいあなただったら、きっと逃げることを気に病むと思います。でも、こんな大都会で「身元も知らないのに距離のつめ方が光の速さ」のやつは、だいたいおかしな人なんです。

「やたらもうかる話」「やたらお金のかかる話」をされたら、友人であっても距離をとりましょう。友人はお金の話を抜きにしてもつながっていられる存在のことをいいます。

......それとな!ナイマーニもメガネも、カップルもお姉さんたちも!都会に出てきたばっかりの若者狙って、ふたり組で声かけるのはただの卑怯でしかないぞ!読んでるか!なあ、オイ!

「自分に投資しなきゃ」と誰かからいわれてあせってるのかもしれないけど、貯金をはたいて、よくわからないものを買って、友人のお金を頼ることは投資ではなく、賭けです。ほぼ負けが確定した賭け。
うまいタルトを食って、元気になって、明日からの学校や会社をまたがんばろう、ちょっと新しい勉強してみよう、それだって投資じゃないですか。

ただひとつ、お礼をいいたいことはある。スタンプ式ジェル洗剤を買うことは、立派な投資だった。掃除の時間が格段にへる。スタンプ式ジェル洗剤、とてもいい。

教えてくれてありがとうな、ナイマーニ。

プロフィール

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

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