なぜ「習慣」を続けるのは難しい? 脳科学者が解説する“脳の特性”
2025年01月30日 公開
人は習慣によって生かされている。このように語るのは、脳科学者の枝川義邦さん。脳の仕組みを考えると、習慣を長続きさせる秘訣が見えてきます。
※本稿は、月刊誌『PHP』2024年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
習慣がないと、どうなる?
私たちの生活は、約40パーセントが習慣によって成り立っているという。それでは習慣を身につけていないと、一体どうなってしまうのか。
朝起きて夜眠りにつくまでのやること一つひとつに「あれとこれ、どちらを選ぶのがよいか」といちいち判断をしなければならなくなる。一回一回、腕組みをしながら最適な解答を得ようと努力していたら、お昼を迎える前に疲れ果ててしまうに違いない。そうならないためには、特に考えなくても自動的に行動を起こす必要がある。それをかなえてくれるのが習慣だ。人は習慣によって生かされている。まさに「習慣の動物」なのだ。
新たに習慣を身につけようとすると、脳や心に少なからず影響が及ぶ。特に脳では「可塑性」と呼ばれる仕組みが働く。この可塑性が、生じた変化を脳内に刻み込み、行動をよりスムーズにしてくれる。可塑性が働くためには何度も繰り返すことが必要だが、行動や考え方が習慣化することによって、脳の中での情報伝達はより円滑になっていく。
それでは私たちが新しい習慣を身につけるには、どのくらいの期間が必要なのか?新しい行動を日常生活の中で習慣化するために必要な日数を調べた研究がある。水を飲んだりフルーツを食べたりするような比較的単純な行動から、筋トレのように習慣化が難儀なことまで、いくつかの例を調べた。すると、習慣化するには18日から254日と日数に開きがあったが、平均すると66日かかることがわかった。この期間に、脳内で習慣を身につけるための変化が生じているのだ。
「やりすぎない」と長続きする
いざ新しい習慣を身につけようとすると、いくつかのステップを踏むことになる。上手に習慣化するための脳や心の働きについて考えてみよう。キーになるのは「やる気とその気と仕組み」をうまくコントロールしていくことだ。
習慣化のステップでまず訪れるのは導入期。これは新しいことを身につけるうえで反発が大きい期間だ。新しいことを始めると、脳ではこれまでとは違う情報処理が進むようになる。脳には限られた資源を有効活用するために「エコ」を心がけるかのような性質が備わっており、これまで円滑に進んでいた情報処理の仕方を変えて新しいことをするのは拒まれやすい。
自分から望んで新しいことを身につけようとする場合は、やる気に満ちていることが多く、ある程度は勢いで乗り越えられる。しかし、ここで気をつけたいのが、勢いにまかせ、始めたことをやりすぎてしまわないこと。導入期は「ほどほど」で続けることに専念してほしい。力尽きるまで、もしくは満足感を得るまで行なうと、次の段階に向かう気力が失せてしまう。あくまでスモールステップを心がけよう。
やる気を高めるためには、目標設定も大切だ。習慣化においては、「こんなことが目標と言えるのか」と思うくらい、小さな一歩から始めることが秘訣となる。たとえ小さくとも、偉大なる一歩なのだ。
小さな一歩を踏み出したとき、脳の中では「報酬系」と呼ばれる神経ネットワークの働きが高まっている。報酬系ではドーパミンという物質が情報を伝えている。
ドーパミンが増えると、楽しくワクワクするし、よい成果も得られる、と耳にしたことがある方もいるかもしれない。これは「ごほうび」に感じるものを目の前にしたときに、報酬系の働きが高まることと関係している。
すなわち、自分がなりたい姿を明確に想像してワクワクし、それに近づくために何をしたらよいかを思いついたときには、ドーパミンが巡っているのだ。このときにはやる気も高まっているはずで、この状態が習慣化の導入期において、あるべき姿の一つだ。
しかし、目的が達成されると報酬系の働きは弱まってしまう。つまり、導入期にやる気にまかせて、やりたいだけやり尽くしてしまうと、満足感とは裏腹に報酬系は活動をやめてしまう。スモールステップは、報酬系の活動を持続させるための秘訣でもあるのだ。
やる気が高まっているときには、同時に「その気」も高めておきたい。やる気とその気は、クルマにたとえると両輪。片方だけが回り続けても空回りしてしまう。
その気とは、「セルフ・エフィカシー(自己効力感)」のことで、自分自身をどう捉えるかについてのものさし。目の前にやりたいことのハードルがあったとすると、そのハードルを自分が越えられるという自信を持てたときに、セルフ・エフィカシーは高くなっている。その気になっておくというのも、継続には大切な要素だ。
やる気が出ないときは仕組みを作る
新しいことを続けようとしたとき、やる気も出ないし、その気にもなれない。こんな日はきっと訪れる。特に習慣化において、導入期の次に訪れる定着期は不安定な期間と言える。何かのきっかけで、新しく始めたことをやめてしまってもおかしくない時期なのだ。そのときに備えて、うまく続けるための仕組みの導入が重要になる。
仕組みには、きっかけを作るものや、自動的に続けざるを得ないものなど、さまざまなタイプがある。たとえば、ジョギングを習慣化させたい場合には、玄関に専用のシューズを置いておくことや、スポーツウェアを見えるところに吊るしておくのも効果がある。また、続けることよりも、やめることのほうが面倒くさいという手続きにしておくのも効果的だ。
自分がどういうときにあきらめがちなのかを知っておく。そして、先回りして背中を押したり、続かなくなりそうなときにはそうさせない工夫を散りばめたりしておけば、「始めやすくて、やめにくい」仕組みは作れる。
ここまで進んで習慣化が定着してきたころに訪れやすいのは、倦怠期だ。続けてこられたものの、今度は飽きてしまう。
倦怠期を乗り越えるには、新しい刺激が有効だ。脳内のドーパミンは新しい物事を前にしたときには分泌がさかんになっている。報酬系の活動も復活しているだろう。続けてきたことに、少し変化を加えたり、使っているツールを変えてみたりするのもよい。何か新しいことを導入しようとして工夫すること自体が刺激にもなる。
このように各段階で工夫をしつつ、新しい習慣が身につくまでの期間を過ごせたならば、それ以前と比べて、新しい自分と出会えていることだろう。
新しい習慣を始めることは、新しい自分を発見する旅の始まりであり、私たちの脳や心、そして生活そのものをより豊かにする鍵となる。習慣化による変化は、私たちの人生そのものの変化でもある。だからこそ、新しい習慣を始める勇気を持ち、その過程を楽しんでいきたいものだ。
【枝川義邦(えだがわ・よしくに)】
東京大学大学院にて薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールにてMBAを取得後、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。早稲田大学教授を経て、現職。研究分野は、脳神経科学など。『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)など著書多数。






