八海山はニューヨークへ進出...世界で「日本酒」の人気が急上昇している理由
2024年11月21日 公開 2024年12月16日 更新
世界中で巻き起こっている日本食ブームに続き、日本酒の人気も急上昇しています。有名な「八海山」も海外へ進出するなど、その勢いは増しています。なぜここまで人気が高まっているのでしょうか? 酒蔵コーディネーターの髙橋理人さんによる書籍『酒ビジネス』より解説します。
※本稿は、髙橋理人著『酒ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)を一部抜粋・編集したものです。
なぜ八海山はどこでも美味しく飲めるのか
「越乃寒梅」「久保田」「雪中梅」。これらはすべて新潟県の日本酒であり、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
同じく「八海山」も知名度が高い新潟のお酒で、日本酒を嗜んだことのある人は、まず口にしたことがあるかと思います。居酒屋のほか、スーパーやコンビニでも手にすることができます。
その身近さから老舗にも感じられる八海山ですが、意外にも他の酒蔵と比較すると若手に分類されます。日本酒業界では創業200年、300年という蔵も少なくない中で、八海山を醸造する八海醸造は創業100年を迎えたばかりのベンチャー企業と言えます。
そして、後発のベンチャーであるがゆえに、八海醸造は日本酒で培った「米・麹・発酵」というコア技術を活かし、日本酒以外の多岐にわたる事業にも積極的に参入をしています。
アルコール分野は、焼酎や梅酒、地ビールの醸造、グループ会社による北海道のニセコでのジンとウイスキーの製造のように、日本酒以外にもアルコール事業を行っています。ノンアルコール分野では、甘酒やオリジナル化粧品ブランドなどの展開を行っています。
さらに、東京都の麻布・日本橋に直営店「千年こうじや」を構え、魚沼の食文化を発信するとともに、地元の南魚沼市には日本酒を製造する酒蔵を中心として、7万坪の敷地に「魚沼の里」というリゾート地を思わせる複合施設の展開を行っています。
海外においては、アメリカ・ニューヨーク州で初のクラフトSAKEメーカー「BrooklynKura」とパートナーシップを締結しました。これほど多方面の分野でダイナミックな展開を行っている酒蔵は他に例がありません。
これほど多角的な経営を行い、ブランドの認知が高まっているにもかかわらず、八海山は決して遠い存在ではなく、私たちはいつでも美味しく飲むことができます。
その理由は、八海醸造がレギュラー酒を「日常消費財」と考え、「よい酒を、より多くの人に」という理念を実現すべく、企業努力をしていることが挙げられます。八海醸造は1922年に創業しました。南魚沼の地主だった初代蔵元の南雲浩一氏が地域活性化を目的に、村に病院や製糸工場、発電所を作り、酒蔵もその1つでした。
「何もないところに産業を興して地域を活性化させよう」という想いから始まったので、ニーズがあったわけでもない販路開拓は大変な苦戦をします。
そんな中、群馬や神奈川の市場に活路を見出し、八海山の評価が高まっていきます。平成元年頃には、製造が追いつかなくなるとプレミア化が起こり、2000円のお酒が5000円で流通してしまいました。
この時、八海醸造としては高く利益を取るチャンスとは捉えませんでした。2000円で売るお酒を5000円で売られてしまったら、同じ品質でも割高感を与えてしまう。つまり、品質が下がることと同じだと考えたのです。
「商品が需要に対して少ないのは、メーカーとして供給責任を果たせていないから」
このように真摯に状況を受け止め、八海醸造では供給量の確保に努めます。ここでの秘訣は、「製造体制をそのままにして製造量だけを増やすと、日本酒は必ず質が悪くなる」として、設備の拡充と刷新、原料確保など製造体制に先行して投資を行う点です。
こうして、「質」と「量」の相反する課題をクリアしたからこそ、私たちは今日も美味しく八海山が飲めるのです。
なぜ今、世界で日本酒が人気なのか
「海外で日本酒の人気が出てきている」
こうした話をニュースで耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。実際に、世界中で日本酒の人気は急上昇しています。これまで日本酒の消費は日本国内が中心でしたが、今では欧米、アジア、オセアニアなど、世界各地で日本酒が注目されています。実際に数字で見ても、2022年度までは日本酒の輸出額は増えており、2009年と比較すると6.6倍の475億円に達しています。
2023年度は、輸出金額・数量の約半数を占める中国の景気後退と、アメリカの消費マインドの低下による需要減退により、前年比86.5%の410億円となったものの、1リットルあたりの輸出金額は2022年に続いて上昇し、過去最高を記録しました。つまり、海外において日本酒は高い付加価値を提供し続けているということです。
日本酒の国内市場は4500億円と推計されているので、このほかに約1割相当が海外で販売されている計算になります。では、なぜこれほどまでに日本酒の人気は高まっているのかについて、3つの観点から見ていきます。
①和食ブームによる日本食レストランの増加
まず、国際的な日本料理ブームが挙げられます。2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食を扱う日本食レストランの海外出店が加速しました。実際に農林水産省の調べでは、2023年の海外における日本食レストランの数は約18.7万店。2021年は約15.9万店だったので、2年間で約20%も伸びています。地域別に見ると、アジア地域がもっとも多く12.2万店。ヨーロッパが1.6万店、アメリカが2.9万店となっています。
それと同時に、和食に合うお酒として日本酒の需要が高まり、特に寿司と日本酒のペアリングは多くの国で高い人気を誇っています。とりわけアジア地域では、高級な日本料理店で日本酒を飲むことが1つのステータスにもなっています。また、ヨーロッパではオーガニックに対する需要が高く、オーガニック認証を獲得した日本酒をPRする酒蔵も増えています。
②品質の向上
日本酒はこの10年で驚くほど品質が良くなりました。正直に申し上げて、私が日本酒を本格的に飲み始めた2009年頃は明らかな「ハズレ」もありました。しかし、ここ数年の日本酒は本当にどれも美味しく、個性も豊かになりました。
なかには、まるで桃やメロンのようなフルーティーな日本酒も増えています。海外市場ではこうしたフルーティーな日本酒が、ワインに慣れている人たちにも非常に馴染みやすかったので、次第に受け入れられるようになりました。
さらに、日本食以外の食べ物との相性がいいことが認知されつつあり、チーズやピザとも一緒に楽しまれることもあるそうです。また、ステーキなどの牛肉料理に合わせるための「カウボーイ(新潟県・塩川酒造)」や、オイスターに合せるための「IMA(新潟県・今代司酒造)」など、ピンポイントで料理との相性を意図した日本酒が増えたことも、海外での日本酒の消費拡大に寄与したと考えられます。
③冷蔵輸送サービスの向上
冷蔵輸送へのハードルは以前よりも下がりました。そのため、保冷した状態での日本酒の輸送が可能となりました。
特に、高級な日本酒は、繊細でつややかな味わいである反面、温かい環境で輸送すると品質が大幅に劣化してしまうリスクがあります。そのため、冷蔵輸送が普及したことで、高品質な日本酒を現地でも新鮮なまま味わえるようになり、これまでにない鮮度の日本酒を楽しむ機会が広がりました。
こうした日本国内と同等のクオリティの日本酒を長距離輸送できるようになったことも、日本酒人気に拍車がかかった要因と考えられます。その他にも、足元の円安の影響やインバウンドの増加により、日本酒の輸出は今後も伸びていくことが期待されます。