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洗剤11個「お持ち帰り」で失った銀行副店長のポスト...懲戒解雇はやりすぎか?

日本経済新聞「揺れた天秤」取材班

2025年04月16日 公開

洗剤11個「お持ち帰り」で失った銀行副店長のポスト...懲戒解雇はやりすぎか?

法廷で次々明らかになる、本当にあった怖い話――。「入社歓迎会で泥酔からの暴言」「パワハラを受けて、上司を殴打」...。裁判という場で明らかになった、驚きの事実とは。日本経済新聞電子版の人気連載「揺れた天秤」をまとめた書籍『まさか私がクビですか?』より、「"洗剤お持ち帰り"で裁判沙汰になった銀行副店長」のエピソードを紹介する。

※本稿は、日本経済新聞「揺れた天秤」取材班著『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。

 

洗剤「お持ち帰り」で懲戒解雇は重すぎる?

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「おひとり様1個ご自由にお取りください」。

ある銀行で副店長を務めていた女性は出勤時、何の気なしに近隣の携帯電話ショップの店頭に置かれていた販促物の洗剤を手に取った。それが銀行側から「窃盗」と非難され、信頼を失う行為だとして懲戒解雇された。あまりに高くついた「タダ」の代償。処分は妥当だったのだろうか。

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2023年3月のある朝、女性はいつものように勤務先へ向かっていた。その日は大切な顧客から運用に関する相談の予約が2件入っていた。「きょうは忙しいだろうな」。スケジュールを頭に浮かべながら、店舗の入る長野県内の商業施設の中を歩いた。

勤務先の斜め向かいに携帯ショップがある。店頭近くに「ご自由にお取りください」の掲示とともに箱が置かれていた。まだ営業前だったが、女性はそのうち1つを手に取った。トランプサイズの箱には、1回分に小分けされた洗剤が3袋入っていた。

軽い気持ちによる行動は、しかし思いもよらぬ事態を招く。その日の昼、商業施設を管理する会社の担当者が銀行を訪ねてきた。いわく、携帯ショップの従業員が販促物が減っているのを不審に思い、防犯カメラを確認したところ女性の姿が確認されたという。

 

信用を失えば、取り付け騒ぎが起きる

女性は販促物を手に取り解雇された

銀行側の調査に、女性は販促物の洗剤を基本1日1個、計11個を持ち帰って自宅で使っていたと認めた。女性の上司が後日、謝罪に向かうと携帯ショップの店長は激怒していた。「営業時間外の取得は窃盗。まさか銀行員が犯人とは、がくぜんとする」。女性の直接の謝罪も「会いたくない」と拒んだ。

約1カ月後、女性のもとに銀行から通知が届く。

「販促物の取得は窃盗罪に該当し、明確に法令、社会規範、行動規範に反する」「金銭その他の有価物を扱う銀行職員が決して犯してはならない重大な非違行為」。

結論は懲戒解雇。女性は同年7月、従業員の地位にあることの確認を求めて東京地裁に提訴した。

窃盗罪は他人の所有物をその人の意思に反して自分の占有下に置いた場合に成立する。女性の行為は窃盗罪に当たるのか。訴訟では携帯ショップの「意思に反して」行われたといえるかが問題になった。

女性側は、営業時間前だったとしても通行人が手に取れる場所にあり、携帯ショップは取得を許容していたと主張。窃盗罪に当たらず、女性も潜在的な顧客である以上は非難される行為ではないと主張した。

銀行側は、販促物は営業時間中に手に取ってもらうからこそ意味があり、営業前に取得する行為は携帯ショップの意思に反すると指摘。さらに「1人1個」とは顧客1人がもらえる数量が「1日当たり1個」ではなく「配布期間中1個」という意味で、連日持ち帰った女性の行為は窃盗罪に該当すると述べた。

処分が重くなった理由に、銀行員という職種の特性も挙げた。問題発覚以降、携帯ショップの店長は「(女性に)同じフロアにいてほしくない」と発言し、他の行員までもがショップ前の通路を使わないよう迫られていた。「預金者の信用を失えば取り付け騒ぎが生じて、資金繰りが破綻し、他の銀行にもリスクが伝搬して、銀行が連鎖的に破綻し、金融恐慌が生じる」。銀行側は厳正処分の必要性を強調した。

取り付け騒ぎは過去、地方銀行で「倒産する」とデマが流されたケースなど数例に限られる。銀行業務は信頼で成り立つとはいえ、言いぶりの強さに女性側も「この行為に起因して取り付け騒ぎなど起きるはずもない。あまりに過度な制裁だ」と反論した。

企業が懲戒解雇を選ぶ理由

労務行政研究所は23年4〜7月、上場企業などを対象に、従業員による問題行為の具体的な事例を挙げてどのような処分にするかを尋ねた。225社の回答によると、「売上金100万円の使い込み」は75.9%が懲戒解雇を選択した。「2週間の無断欠勤」(74.1%)や「重要機密事項の意図的な漏洩」(69.4%)も解雇が目立った。

「社員割引で買った商品や会社の備品をネットで販売」や「出張経費の不正な上積み」といった場合は、解雇もあったが、出勤停止や減給、戒告まで判断が分かれた。社員の不祥事が発覚した際の処分内容は会社ごとの就業規則に沿って決まる。処分の重さが異なることも珍しくない。今回の銀行の場合、「刑罰にふれる、もしくはそれに類する行為」があった場合などが懲戒解雇の基準だった。

 

「解雇は重すぎる」

24年3月の東京地裁判決はまず、店頭に販促物を置く目的は「商品などへの興味関心を引き、店舗に足を向けてもらい購入などにつなげること」と確認。営業時間前に洗剤を持ち帰った女性の行為は「窃盗罪に該当しうる」と判断した。

副店長という立場での窃盗行為を「厳しい非難に値する」とし、実際に信頼を大きく失墜させたとして「懲戒処分は避けられない」と断じた。

一方で、業務中の窃盗でないことや、販促物がそれほど高価なものではないことなどから「緩やかな処分を選ぶことも十分可能で、最も重い解雇を選択したのは重すぎる」とした。解雇処分は無効とし、判決が確定するまでの間の賃金の支払いを命令。銀行側は控訴しなかった。

銀行の調査によると、女性は部下に「お得だよ」と洗剤の取得を勧めたこともあった。不適切ではあったものの気配りのできる管理職だったのかもしれない。11個の洗剤が招いた結末は、女性にとっても会社にとっても拭い去れないくすみを残した。

 

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