
2025年にグループとしての活動を再開し、約1年5ヶ月ぶりとなるワールドツアー「BLACKPINK2025WORLDTOUR」を開催することが発表されたBLACKPINK。世界を魅了するBLACKPINKのその成功は単なる偶然やブームではなく、戦略と美学が交差する"設計された奇跡"だった。
K-POPを知らなくても響く普遍的なサウンド、パフォーマンスで偏見を打ち破ったコーチェラの衝撃、そして「完成されたスター」としてデビューした異例のキャリア。彼女たちの音楽・イメージ・活動スタイルを通じて、グローバルポップの最前線を読み解きます。
※本稿は『K-POPを読む』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
世界中誰にでも届く、普遍的なポップスの力をもつ
BLACKPINKというアーティストは、たえず好奇心を刺激しながらも、一言では表現できない存在だ。少なくとも、わたしにとってはそうだった。
もちろん、もっとも重要なのは、彼女たちが世界中で大きな成功を収めているということだ。わたしがアメリカでK-POPを研究し、現地における反響を伝え始めた2010年代以降、BLACKPINKのように短期間で幅広い人気を得た韓国の女性アーティストは、他にすぐには思い浮かばない。
BLACKPINKは、ガールグループとしては異例といえるほど、非常にパワフルなファンダムを構築している上に、アイドルファンではない人たちからも「有名」なアイドルとして認められている。
彼女たちの音楽は、他のガールグループとは一線を画すシグネチャーサウンドを擁する(「BLACKPINK in your area!」というフレーズで曲が始まる)一方で、とても大衆的だ。あるいは、「幅広いリスナーたちを効果的に説得させた」という表現のほうがぴったりかもしれない。
BLACKPINKの音楽は、現代的な感性以外にそれを理解するためのいかなる前提条件も必要とせず、その美学を完全に鑑賞するための独特なセンスも要求しない。つまり、BLACKPINKはK-POPに関心があるか否かは関係なく、世界中のすべての音楽ファンに響くアイドルだ。しかし、これは決してたやすいことでない。K-POPが長い間追い求めてきたコスモポリタンな美学を体現しているからこそ可能なのだろう。
2019年4月にアメリカで開催された「コーチェラ・フェスティバル」での約1時間のパフォーマンスは、BLACKPINKの人気を華やかに証明した。それは、わたしがずっと抱いていた疑問を一気に氷解させた、彼女たちのキャリアにおいてもっとも決定的なステージだった。まるで北米コンサートの凝縮版のようなコーチェラでのライブに、いくつか大事なヒントを見出したのだ。
「アジアの」ガールグループという、ある種のステレオタイプを打ち砕く、ステージを掌握する圧倒的なパワーと存在感。K-POPのガールグループはキレイだけれど主義や主張(attitude)に欠けるとか、ステージを掌握する力が欧米のポップスターに及ばないという評価は、少なくともBLACKPINKには当てはまらない。
清々しいビジュアルはもちろん、ファンだけが集まるコンサートとは異なるアメリカ現地の多くの参加者が集うコーチェラでも決してひるむことのない堂々とした姿、BLACKPINKらしい礼儀正しく自信に満ちた態度。BLACKPINKのステージは、21世紀のグローバルポップスにおける、K-POPの存在感や可能性をドラマチックに立証していた。
BLACKPINKの「ガールクラッシュ」は偶然じゃない
BLACKPINKが掲げる「ガールクラッシュ」あるいは「バッドアス(badass)」というイメージは、ある日偶然に生まれたわけではなく、BLACKPINKがオリジナルで作り出したものでもない。
アメリカのポップスやJ-POPとは異なるハイブリッド(あるいはクロスオーバー)な要素の結晶といえるBLACKPINKを生んだのは、所属会社YGエンターテインメントの元代表ヤン・ヒョンソクであり、彼が特許を独占していると言っても過言ではない。
ボーイグループ・ソテジワアイドゥルのメンバーだったヤン・ヒョンソクは、プロデューサーに転向後、ヒップホップとR&Bをベースにしたアーバンスタイルのガールグループに長い間こだわってきた。特に目標としていたのは、1990年代のアメリカのブラックミュージック界を代表するガールグループと呼ばれるTLCだった。彼のビジョンが初めて具現化されたのは、2002年に「I'll Be There」でデビューしたSwi.Tだ。
さまざまな面で実験的だったSwi.Tは、大衆的な反響を呼ぶには至らなかったが、YGはこの時の音楽的ノウハウBLACKPINK047をもとに、2NE1を誕生させた。ジャンル的には「ブラックミュージック」を目指し、スタイルやアティチュードにおいて「ヒップホップ」を打ち出した2NE1は、アイドルにカテゴライズされるのは明らかであるものの、J-POPとはまったく違う、洋楽的かつ現代的なK-POPガールグループのモデルを築くことに成功した。
2NE1はK-POP(もしくはアジアの)ガールグループが得手とする「かわいらしさ」と「普通っぽさ」を拒否し、強く華やかで堂々としたアティチュードを強調した。これもある種の商業的な仕掛けだったのかもしれないが、他のガールグループとの差別化に成功し、評論家も2NE1の音楽に注目して高く評価した。この成功モデルを完全に受け継いだのが、BLACKPINKだ。
興味深いのは、マスコミや評論家の「BLACKPINKの音楽やイメージは、2NE1を連想させる」という指摘を、ヤン・ヒョンソクはあまり気にしなかったことだ。彼が強調したのは、BLACKPINKは現在の産業ニーズに合わせて新たに「アップデート」したグループだという点だ。
プロデューサーのTEDDYのシグネチャーサウンドであるシンプルで直感的なヒップホップとロックダンスのトラックというスタイルは似ているものの、ぐっと華やかで洗練されたイメージにアップデートされている。EDMよりもヒップホップやラテン系の編曲に重点を置いたことも、トレンドの変化を反映した大きな違いといえるだろう。
BLACKPINKはやんちゃで型にはまらないスタイルではなく、すべてを備えた華麗で自信に満ちたガールグループのイメージを最初からまとっていた。ヒップホップ独特のスワッガーやフレックス(flex)が、ポップミュージックの時代精神になっている現在、ポップスのメインストリーム市場は、カメレオンのように多面体の魅力を発揮する女性アーティストを求めている。
そしてBLACKPINKのイメージや容姿、音楽、アティチュードは、K-POP市場の今を体現しながら、アメリカをはじめグローバル市場が好むK-POPのモデルとも合致している。
高級ブランドのようにゴージャスなグループというイメージのせいかもしれないが、パフォーマーとしてのBLACKPINKは、しばしば過小評価される傾向にある。しかし、それは正しくない。
彼女たちがK-POPガールグループの勢力図を塗り替える存在になった背景には、YGという大手芸能事務所による効果的かつ効率的なプロデュース能力が大きな役割を果たしているのは確かだ。だがさらに重要なのは、BLACKPINKが事務所の企画意図やデビュー時に与えられた名声にふさわしい能力を備えているという点だ。BLACKPINKは、自ら掲げる音楽とパフォーマンスをもっとも効果的に魅せる才能を持っている。
不完全な新人ではなく、完成されたスターとして
BLACKPINKのキャリアを振り返りながらわたしが興味深く感じたひとつは、ごく少ない数の曲のみをリリースしてイメージが消費されるのを極力抑えると同時に、シングルを中心に活動しているという点だ。
2016年のデビュー以来、2020年に初のフルアルバム『THEALBUM』をリリースするまでは、ミニアルバムを2枚出しただけだった。ライバルともいわれるRed VelvetやTWICEはもちろん、同時期にデビューしたGFRIENDやOHMYGIRLに比べても、アウトプットははるかに少ない。
「物足りない」と不満の声が上がるのももっともだ。だが、誰もが察する通り、これはメンバーではなく、所属事務所YGの判断によるものだ。
Netflixのドキュメンタリー「BLACKPINK~ライトアップ・ザ・スカイ~」のインタビューで、プロデューサーのTEDDYは、シングル中心の活動、つまりシングルを立て続けにヒットさせたのは意図的な作戦だったとほのめかす。BLACKPINKの楽曲は、毎回ジャンルやサウンドを少しずつ変えつつも、一定のパターンにそって作られる。これは彼女たちの音楽に特別な吸引力を与えると同時に、アルバムアーティストではなくたんなるヒットメーカーとしてのイメージをリスナーたちに植え付ける可能性がある「諸刃の剣」でもある。
しかし、これこそが2NE1を成功させたプロデューサーのTEDDYのクオリティコントロールによって編み出された、結果を生みつつ失敗の確率を最小化する成功の法則なのだ。また、BLACKPINKが「成長する不完全な新人」ではなく、「完成したポップスター」のイメージでデビューしたことも、少ない数のシングルだけでも効果的にキャリアを築くことができたもうひとつの理由だ。