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『ドクター・ストレンジ』の作者が変えたコミックの評価 低俗な娯楽から読書の入り口へ

つのだ由美こ(大学図書館司書)

2025年07月04日 公開

『ドクター・ストレンジ』の作者が変えたコミックの評価 低俗な娯楽から読書の入り口へ

映画の中で、ポイントとなるシーンによく登場する図書館。恋愛映画では、本を通じて二人の距離が近づく場所や、デートの場所。サスペンスやアクションでは、司書のアドバイスで事件が解決、ときには本が武器になることも。

そんな図書館や司書が登場する映画のことを、研究者のあいだでは「図書館映画」と呼んでいるそうです。

本稿では図書館映画の1作「ドクター・ストレンジ」を題材に、図書館の魅力をつのだ由美こさんに解説して頂きます。

※本稿は、つのだ由美こ著『読書を最高のエンターテインメントに 本が大好きになる図書館の使い方』(秀和システム)を一部抜粋・編集したものです。

 

魔術師の司書

マンガ(コミック)が実写化されることが増えましたよね。この映画もその一つです。

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ドクター・ストレンジは優秀な神経外科医で、技術は天才的。しかし、人を見下す傲慢な性格をしていました。ところが自動車事故の大怪我で両手の自由を失います。

諦めきれず何度手術しても効果がなく、資産も使い果たし、医者の肩書も消えて自暴自棄に。そんな彼の耳に入ったのは、奇跡的に回復した患者の話でした。患者によると、回復したのは不思議な力を操る指導者のおかげだと言うのです。

ストレンジは最後の望みをかけ、ネパールのカトマンズへ。神秘に包まれた場所「カマー・タージ」で、ようやく指導者エンシェント・ワンと出会うことができました。しかしそこは、魔術師の修行場であり、闇の魔術集団と戦う最前線の砦だったのです。

両手を回復させるため、ストレンジは指導者の元で魔術師を目指すことを決意。最初の修行は魔術の研究でした。ストレンジはカマー・タージ内にある魔術書の図書館へ。

そこで出会ったのは、司書のウォン。前任の司書は闇の魔術集団に斬殺されたため、いまは彼が図書館の守護者です。その襲撃では、エンシェント・ワンの蔵書から、禁断の儀式のページが盗まれてしまいました。

ウォンは「また盗もうとするやつがいたら見逃さない。生きて出られると思うな」とストレンジを警戒。無愛想なウォンですが、ストレンジの習熟度に合わせて、読むべき本を的確に選んでくれます。ウォンの知識に導かれ、やがて魔術師として頭角を現わすストレンジ。しかし豊かな才能ゆえに、禁断へと近づいてしまうのでした。
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「あのヒーロー」は図書館出身だった

本作はマーベル・コミックスの『ドクター・ストレンジ』が原作。
作者は、マーベル・コミックスの編集長兼コミックライターのスタン・リーです。ほかにも、スパイダーマンやハルク、アベンジャーズなど、映画でお馴染みのスーパーヒーローたちを次々と生み出してきました。

そんな彼ですが、この映画に出演しているのです。バスのシーンで、オルダス・ハクスリー著『知覚の扉』を読んで笑っているサングラスの乗客がそう。ほとんどのマーベル映画にカメオ出演していて、映画「アメイジング・スパイダーマン」では司書として登場しています。

じつはスタン・リーは図書館と読書が大好き。2014年には公共図書館のカード登録者を増やすキャンペーン「図書館カード登録月間」にも参加しています。

その広告には「私の財布の中でもっとも賢いカード? それは図書館カードです」とメッセージを寄せています。このキャンペーンの目的は、すべての子どもが自分の図書館カードを持つことができるように、保護者や教育関係者に理解してもらうこと。

スタン・リー自身も、子どものころからよく地元の公共図書館を訪れていました。もし図書館がなかったら、これほど本を読むことはなかったとアメリカ図書館協会(ALA)の講演で話しています。
「図書館カードがあれば、世界中のあらゆる情報の鍵を持っているようなものです」

「私は司書のみなさんをとても尊敬しています。あなた方がしていることは、とても価値のあることだと思います。そして、あなた方が人々に提供するものは、とても貴重なものです。本当にありがとう」

 

マンガは読書のきっかけになる

その一方で、アメリカでは長いあいだコミックは低俗なもの、単なる娯楽と位置づけられてきました。しかし、そんな社会の評価を変えてきたのもスタン・リーでした。

かつてコミックは、子ども向けの本として、戦闘シーンばかり描き、簡単な言葉しか使ってはいけないという風潮がありました。でも彼の作品では、社会問題を反映した複雑なストーリーや、あえて大学レベルの難しい単語を使ったのです。

すると子どもたちは、コミックを読みたいがために、言葉の意味を親に聞いたり、辞書で調べたり、文脈を考え始めます。コミックをとおして、楽しみながら本の読み方を学んでいき、本格的な読書に興味を持つ子どもたちが増えたそうです。

もちろん、日本のマンガも同じでしょう。このような価値観の変化もあって、最近は日本の公共図書館も、マンガを所蔵するところが増えてきました。近隣または市・県の図書館の蔵書検索(OPAC)でマンガのタイトルを検索してみてください。

その中でも一際特徴的なのが、広島県の「広島市まんが図書館」。マンガだけを扱う日本唯一の公立の図書館です。時代を代表するマンガや研究に役立つ資料、代表的なマンガ雑誌は創刊号から所蔵しています。所蔵冊数は約16万7000冊(2023年)。

貸出は広島市立図書館の利用カードを持っている人のみですが、旅行客も自由に出入りできます。さらに手続きをすれば、図書館前の公園で読むことも可能です。木陰でのんびりマンガを読むなんて最高ですよね。
広島駅から観光ループバスで行けるため、いまや観光地の一つになっています。

 

読書と図書館の普及に尽力したスタン・リー。

ですが残念なことに、映画「ドクター・ストレンジ」公開2年後に逝去しました。
イギリスの新聞ガーディアンには「学校では読めなかった私に読み方を教えてくれた。スタン、ありがとう」とファンからメッセージが寄せられています。

そんなスタン・リーが、いつもファンに呼びかけていた言葉を最後にご紹介します。
「エクセルシオール!(高みを目指せ!)」

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