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「昼休みが孤独だった」人づきあいをせず漫画に没頭した“スヌーピーの父”



2020年03月24日 公開

デイヴィッド・マイケリス(著)・古屋美登里(訳)

チャールズ・シュルツ
スヌーピー、チャーリー・ブラウン、ルーシー。世界中で愛される漫画『Peanuts(ピーナッツ)』を終生描き続けた天才漫画家のチャールズ・シュルツ。

世界で誰もが知るその作品で桁違いの成功を収める一方で、常に劣等感に苛まれていたという。その生涯を、手紙やメモなどを含む秘蔵資料と親族・関係者への取材により描き出した書『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』より、チャールズ・シュルツの人となりを伝える一節ここで紹介する。

※本稿はデイヴィッド・マイケリス(著)・古屋美登里(訳)『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』(亜紀書房刊)より一部抜粋・編集したものです。

 

自分のネガティブな部分もキャラクターに反映させていくチャールズ・シュルツ

彼は日常生活の細部を描こうと、目を見開き耳を研ぎすませて、周囲の清潔ですっきりした世界を観察していたが、その描き方は相変わらず簡素だった。

たいていの漫画にはたくさんのものが描かれる。空白が多い『ピーナッツ』は、読者の目を惹くような動きや特別な台詞に頼らなかった。

そこに描かれているのは、日常生活で心の問題を考えてはいても実際に解決しようとしない人々だった。

解決の不在が話の中心に据えられていて、シュルツがその当時主張したように、「ユーモアの90パーセントは描かれたもののなかにあった」のである。

漫画というメディアは、漫画の内容を活性化するアイデア(普通はギャグ)と、だれが見てもその特徴がわかり、目にも心地よい絵とで構成されていて自然な緊張感がみなぎっている。

多くの漫画家は、市場の影響を受け、微妙なペンの線よりも効き目のあるギャグに重点を置く。

ところが『ピーナッツ』にはそのふたつが等しく備わっていた。

それぞれのキャラクターには視覚的な趣向が凝らされ、普遍的な真理がはっきり表現されているので、この漫画のアイデアはこの絵でなければ表せないし、この絵でなければアイデアは活かせなかった。

シュローダーにとってそれがピアノであり、ライナスにとっては安心毛布だった。

シュルツは自分の煮え切らない態度や気持ちをチャーリー・ブラウンに反映させ、「自分の最悪な部分」をヴァイオレットに、皮肉屋なところをルーシーに、威厳と「ちょっと変な発想」をライナスに、完全主義と芸術への献身的態度をシュローダーに、そして、才能があるのに評価されないという思いをスヌーピーに反映させた。

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