
人生を変える"きっかけ"は、必ずしも有名な名言や劇的な出来事とは限りません。日本生まれ世界育ちのイギリス人で、デザイナーとして活躍し、シブヤフォントのクリエイティブ・ディレクターやNHK Eテレの『toi-toi』出演も務めるライラ・カセムさん。奈良女子大学で教鞭をとり、東京大学で研究員を務める彼女は、学生たちに「正解探し」ではなく「自分探し」の大切さを伝え続けています。福祉現場での実習を通じて、学生たちの心に眠る本当の想いを呼び覚ます彼女の教育哲学、そして学生たちに与えているきっかけについて話を伺いました。
正解を探すのではなく、何がしたいのか
「まさか教える立場になるとは」と語るライラさんは、自身が教育を受けたイギリスとは異なる環境の日本の学生を教える中で、ある違和感を抱いている。
ライラさんは福祉現場での実習を重視している。学生に現場の空気を肌で感じてもらうためだ。だが実際は、現場にやってきた学生たちに考える余裕がないのではないかという懸念を抱いている。
教育現場で大事なことは、学生自身がすごく迷って模索することだとライラさんは強調する。しかし実際に現場にやってくる学生たちは、良い悪いは別にして、何かを模索するのではなく、どこかにあるだろう正解を必死に探そうとしているのだ。
そのため、ライラさんは学生に教える中で常に問いかけている言葉がある。それは学生が常に"何が正解なのか"を探すのではなく、「あなたは何がしたいのか?」という問いだ。
イギリスの高校や大学では、ある程度自分の意思を伝えないと、先生たちはまったく動いてくれなかったという。こうした背景から、何をやったら正解かではなく、ここで何がしたいのかが大事になってくるのだ。
正解を探そうとする学生たちは、渋谷や奈良の現場を訪れたとき、何をやっていいのかわからず、戸惑いを隠せずにいる。
大事なことはアドリブ力
ライラさんが関わっている福祉現場は、そもそも台本が用意されているような場所ではない。そのため日々その場で起こったことに臨機応変に対応するためのアドリブ力が求められる。その現場に学生が連れて来られることで、学生は初めてそこで「正解」ではなく「自分は何がしたいんだろう」と考え、悩む姿を何度も見てきたと語る。
その悩みこそが肝で、これが学生たちへの問いとなり、そしてそれを克服すると彼ら・彼女たちは目覚ましい成長を遂げるのだという。ちなみに授業にくる学生は福祉に関心があるというよりは、デザインやソーシャルデザインに関心のある学生たちがやってきて、悩み、考え、自分のやりたいことを言語化する訓練を現場でのアドリブを通して学んでいく。
自分が何をしたいのかを考え、それを初めて言語化できた学生は、本当は何に興味があったのかを授業を通して気づかされたり、実際に施設でアルバイトを始めた学生もいるという。
しっかり言語化する意味
ライラさんが学生に言語化を促すときには、いい加減な言葉は使わせないという。つまりただ単に「かわいい」ではなく、何がかわいいのかを具体性を持って表現してもらうようにすることで、学生たちもニュアンスを汲み取って変わっていく。
講義が終わる頃には最初に圧倒されていたことが嘘のように、変化している学生も多いと述べる。ライラさんの講義で初めて知ることを通して、例えば少し見る世界が広くなったり、心の余裕ができたりするのではないかとライラさんは語る。
ソーシャルデザインという言葉が独り歩きする中、ただその形だけを真似るのではなく、形だけを模倣しても「これだ!」みたいな感じで持ち帰っても全く意味がない。概念だけ模倣してこれが正解だみたいな形ではなく、実際に現場で本当に何をここでやりたいのかを学生に問わせることで、実際の学びを持ち帰ってもらおうとする姿勢を感じる。
こうした背景から、逆に福祉施設という特殊な場所でアドリブ力と言語化を研ぎ澄ませることで、市中に戻ったときに、余裕と対応力が増すようなことが起こるだろうし、街中で以前はこの人何をやっているんだろうと思っていたシチュエーションが、もしかしたらこうなのかもしれないみたいな想定力にもつながるのではないかと、ライラさんは述べている。
講義を受けたあとも、学生たちとの交流は続くそうだし、毎回さまざまな学生が受講してくれるという。日々さまざまな情報を浴び続けている中で、現場で学生の心の霧を晴らす刺激をライラさんは今日も与え続けている。








