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AIが意識を持つ日は来る? “人類の脅威論”に冷静な一石を投じる一冊

大賀康史(フライヤーCEO)

2025年10月09日 公開

AIが意識を持つ日は来る? “人類の脅威論”に冷静な一石を投じる一冊

ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。

今回、紹介するのは『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』(田口 善弘著、講談社)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。

 

AIというものを客観的に見るために

知能とはなにか

生成AIの時代になり、私たちの生活にも徐々に影響が生じてきました。ビジネスシーンの中では議事録が自動でまとめられ、Googleで検索してもAIの応答が真っ先に目に入ります。Webマーケティングの戦術も今までのGoogle広告以外に目を向けられ、画像の制作もAIが一部担うようになってきました。

AIの存在感が増してきて、人類の集合知を上回るAIと言われる超知能の足音も聞こえてくるようです。私たちの生物界における圧倒的優位がゆらぎ、AIはヒトに対峙するようになるというマトリックスやターミネーターのような映画の世界観も、非現実的とは言い切れないという不安を抱える有識者も多くなっています。

ただ、生成AIというものが意思や意識を持つようになるのかと言われると、そうとも言えそうですし、そうではないという気もします。ただ、その可能性は多くの人たちに恐怖を与えていることも事実です。

今、急激に進化をしている生成AIが持つ深層学習の仕組みは、20世紀末に物理学者が盛んに研究をしていた「非線形非平衡多自由度系」と言えるそうです。2つのものの関係が直線的な関数ではないものを非線形と呼びます。非線形な現象は予測困難であることが多いとも言われています。時間的に変化しているものは非平衡、非線形のものが多く集まるとおのずと多自由度となります。

ChatGPTに代表されるAIは、その頃に物理学者が研究した非線形非平衡多自由度系のシミュレーターの亜種となります。本書では、物理学者としてキャリアを積まれた著者だからこそ、AIに対して客観的で科学的な姿勢で解説されています。

 

知能を解明する研究

著者は知能とはなにかというところに立ち返り、「ヒトの知能」を「人間の大脳の機能」と定義しています。つまり、知能は計算能力などのパフォーマンスの達成度ではない、という視点がユニークなところです。

随分前からヒトは機械に計算スピードや正確性で凌駕されていました。生成AIのように言語能力を備えたところで、それが知能なのかは別問題ということになります。

つまり、大脳という機能をコンピュータのようにハードとソフトに分けることは難しいのではないか、という視点も加えられます。ハードとソフトに分けるという考え方は、デカルトの「我思う、ゆえに我在り」で始まった心身二元論を起源とします。その思想が後のチューリング-ノイマン系列のコンピュータとなり、ハードとソフトが分離するようになりました。

そして脳の神経細胞であるニューロンの集合とAIの構造的な柱となるニューラルネットワークは、全く質感が異なるものとも言えます。ニューロンの集合としての脳の働きは、ほぼ解明できていない状態であり、ハードとソフトが一体となっていることがヒトの脳の重要な特性でもあるからです。

 

生成AIは現実世界のもう一つのシミュレーター

読者の皆さんは、では生成AIとは何なのか、ということに疑問を持つかもしれません。著者の答えは、世界シミュレーターの1つ、とされています。そしてポイントとしては、人間の脳も世界シミュレーターの1つであり、それらは別の世界モデルを持っているといいます。

そのどちらが優位なのかはどちらともいえず、質が異なる、ということかもしれません。例えば、子供が何回か犬を見れば、犬という概念を理解します。概念の認識に必要なサンプルの少なさはヒトの脳の特長であり、AIであればその何千倍から何万倍ものサンプルを必要とします。おそらく人間の世界モデルの方が、生成AIの世界モデルよりも圧倒的に現実に近いからだとされています。

なお、その逆に生成AIの方が圧倒的に優れたパフォーマンスを示す領域も多くあります。画像作成のスピードや文章処理のスピードは、すでにAIが圧倒的ですし、変数の多いものを総合的に考える能力もAIが上回っているように感じられます。そのため、パフォーマンスの達成度で見て、人間の脳を超えたのかどうかなどを見てもしようがないのだとも言えます。

そして、今後のAIの方向性としては、今までのニューラルネットワークをベースとした生成AIとは全く別の、第3第4の世界シミュレーターが現れていくだろう、とされています。今のAIの構造やヒトの脳の構造ではなくとも世界シミュレーターはできるという主張には説得力があり、本書を読んだ私自身もそのような未来になるような感覚を持ちました。

 

より穏やかな心でAIの時代を生きる

今までのことを踏まえると、いずれシンギュラリティを迎えて、AIが意思をもち生命を獲得し、人類の脅威となるという議論は随分現実と飛躍した論理であると著者はいいます。

ここからは私見です。まずAIが人類の脅威であるという可能性は否定できないとは思いますが、人類の脅威は何もAIに限ったことではありません。AI自体が脅威というよりは、核兵器や生物兵器などを人間が悪用することの方が現実的な脅威になるようにも思います。私たちは今の時点でも、人類にとって破壊的なものに囲まれています。大切なのはそのような脅威をコントロールする術を人類として獲得していくことだと考えられます。

その方法としては、『NEXUS 情報の人類史』でユヴァル・ノア・ハラリが言うように強力な自己修正メカニズムを持つ制度や機関を構築して、適切で有効な規制を設ける方向性も一つとしてあるでしょう。AIの未来を完全に見通せる人はいないでしょうから、修正の利く範囲の失敗から学び、よりよい活用を見出していきたいものです。

本書は知能というものを根源から考え、AIというものを改めて客観視させてくれます。先月紹介した『NEXUS』以上に、客観的でAIへのリスペクトを感じる点は、鉄腕アトムとドラえもんの国の思想だからなのか、著者が物理学者でより客観的にヒトをとらえているのか、いずれにせよ面白いところです。

本書はAIが導く未来に不安な多くの人にとって、少し落ち着きを取り戻し、地に足をつけた議論ができるようになる優れた作品です。今を生き、知性を駆動する多くの人に読んでいただきたい一冊です。

 

著者紹介

フライヤー(flier)

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