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茂木健一郎・毎日の“今、ここ” が幸福に変わる「脳の使い方」

茂木健一郎(脳科学者)

2013年02月21日 公開 2022年06月30日 更新

 

今が幸せと思うだけで、仕事も人間関係も上手くいく

幸せになるためには、「こうでなければならない」という縛りから自由になることだと前述しました。では、どうすればその縛りから自由になれるのでしょうか。

そのためには、自分の中に持っているこだわりや、美意識、欲深さを、ある程度手放すことが必要です。

私の場合でいえば、髪型や服装に関して「こうでなければならない」という縛りから完全に自由です。今の髪型は髪を洗ったままの状態で、ヘアワックスで整えたり、ヘアムースで固めることもしていません。

髪の毛も自分で切っています。もしへアワックスで髪型をつくっていたら、少し風が吹いただけでも、髪型が崩れていないか気になってしまうことでしょう。

服装も同じで、いつもきちんとアイロンのかかったスーツを着ていなければ、という思い込みがあれば、どこかに座ったら「服にしわができてしまう」とか「今日はシャツのアイロンをかけ忘れたから気になってしょうがない」と思って、その日一日が楽しくありません。

でも、髪型も服装もなんでもいい、自然に任せておけばいいと思えれば、楽な気持ちになれます。いろいろなものを手放した時、人は自由になれて楽しむことができます。

たとえば「将来こうなりたいという理想の自分像」と「今の自分」がかけ離れていたとします。そう思うことも実は「こうでなければならない」という縛りのひとつです。焦って理想の自分を追求しようとしてもろくな結果は生みません。今、ここを楽しむことができて初めて物事は上手くいきます。

幸せであることと、何かを成し遂げられることとの間には、実は相関関係があります。今を幸せだと感じられなければ、本当には何かを成し遂げることはできないのです。

1965年にノーベル物理学賞を受賞したリチャード・P・ファインマンの伝記には、夢を叶えることと、幸福の関係が描かれています。ファインマンは、幼少の頃から化学と数学が得意で、常にトップの成績でマサチューセッツ工科大学へと進学し、物理学を学びました。その後、プリンストン大学の大学院を経て、大学で教鞭をとる地位にまで上り詰めます。

しかし大学に就職した直後にスランプに陥ってしまいます。なんのために物理を研究しているのか分からなくなり、何をやっても楽しめず、『アラビアンナイト』を読んでは、うつうつとした日々を過ごしていたそうです。

この時のファインマンは、周囲からの期待を受けて若くして大学教授になったにもかかわらず、思うように業績が上がらず「僕なんてもうダメだ。燃え尽きたロウソクみたいなものだから、もう何をしても大した成果も上げられないだろう」と意気消沈していました。

うつうつとした状態が続いたある時、ファインマンは突然開き直ったといいます。もともと物理が楽しいからやっていたのに、いつの間にか物理学者とは「こうでなければならない」という思い込みに縛られて自由をなくしていたことに気づくのです。

「以前はやりたいと思う研究をやっていただけで、それが物理の発展のために重要かどうかなど知ったことではないと思っていた。ただ自分が楽しむためにやってきたのだ。だったら、これからも以前のように、自分が楽しむために『アラビアンナイト』を読むように、気の向いた時に、研究の価値など考えずに、ただ物理で遊ぶことにしよう」と悟ります。

そのようにして「今、ここ」を楽しむようになったファインマンは、ひたすら楽しみのために研究を続け、結果として量子電磁力学の発展に寄与したことにより、ジュリアン・S・シュウィンガー、朝永振一郎と共にノーベル物理学賞を受賞しました。

自分自身に対して、「今の私は理想とする自分像からはほど遠い」と不平不満を抱いている人は、その時にやっている仕事もあまり上手くいっていない場合が多いようです。

その反対で、ファインマンのように「今、ここ」を楽しんで幸福を感じている人は、よい仕事をします。脳のパフォーマンスが上がるのは、その時にしていることに本人が完全に浸りきり、集中していて楽しんでいる時です。そのような時に脳はフロー状態になっています。

「今、ここ」を楽しんでいる人は、人間関係も上手くいきます。この人のそばにいると何か楽しそうだから、と人が近づいてくるのです。人が集まってきてくれることによって、いろいろな情報が入ってきますし、様々な観点からアドバイスをもらえるので、仕事もよい方向に向かいやすいのです。

「こうでなければならない」という縛りから自由になるには、自分で自分を変えること以外にも、人との関係から改善できることもあるのです。

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