これまで、怒りが創作活動の根っこにあると話してきたクリープハイプの尾崎世界観さん。しかし最近は、世の中の空気を前に「あまり怒れなくなった」といいます。月刊誌『PHP』でのお悩み相談連載をまとめた『尾崎世界観のおなやみ天国』の刊行を機に、自分の感情の行方や、SNSをあまりやらない背景など、今考えていることを話していただきました。
自分以上に怒っている人がいっぱいいる
――尾崎さんはこれまで、「怒りが表現の根底」にあるとおっしゃっていたと思うのですが、昔と今を比べて怒りの内容や向き合い方は変わっていたりしますか?
【尾崎】自分自身は変わっていないと思います。でも、周りが変わったような印象があります。社会の受け止め方が変わったというか。怒りの感情がすぐに伝わって、広く伝わりすぎてしまう。
あと、みんな怒っていますよね、今。単に、自分以上に怒っている人がいるな、という感覚です。だから、あまり怒れなくなった。飲み会で自分より酔っ払っている人を見て酔いが醒めるような感じで、自分より怒っている人を目の当たりにして、あまり怒れなくなった気がします。そういう意味で、昔に比べると最近は穏やかですね。
今は何でも怒りにつながりやすくなっていますよね。ネット上など、それらを可視化しやすい場が溢れている。「こんなに駅で喧嘩している人がいるんだ」と思ったりします。
自分の感情なのに、奪われていく
――たしかに、今は多くの人が主にネットを通して怒りに触れやすい状況かもしれません。
【尾崎】なんだか怒りを「取られちゃっている」んですよね。撮影されているという意味の「撮られる」でもあるんですけど、自分のものなのに、渡してしまっているような気がします。
――怒りをとられている。
【尾崎】誰かが何かに感情的になっている映像などを見ると、せっかくここまで感情を高めたのに、あっさりかすめ取られてしまっているな、という印象を受けます。それが嫌だなと思って。たとえ負の感情だとしても、自分のまま、ちゃんと自分のものとして、その気持ちを最後まで持っていたいので。
今は取られやすいですよね、自分の気持ちが。それは怒りだけじゃなくて、ポジティブな気持ちもそう。横から奪われやすい時代だと思います。
何でもすぐに伝わってしまうので。例えば、著名な人が亡くなったことを、発表より先にSNSで言ってしまう人がいるじゃないですか。そういう人とは、絶対に付き合いたくないですよね。その人が亡くなったという事実まで誰かに先取りされてしまうのを見ると、すごく悔しくなるんです。一体何のために言うんだろうと思って。
――一過性の話題のためだったり、大きな流れにすぐ乗ってしまう人はいますよね。
【尾崎】そうやって、いろんなことが他人に持っていかれてしまう。炎上もそうだと思うんですけど、何気なく自分が発信したことが、勝手に横から奪われて、どんどんパスされていって、自分のボールがどこにあるかわからなくなってしまう。
ライブのMCもそう。どう伝えようかじっくり考えた上で話しているのに、それをSNSで書き起こされると、こちらの意図とは違う形に変わってライブに来ていない人の元へ届いてしまう。
大勢に拡散されていく中で、自分の本当の気持ちがどこにあるかがボヤけて、今誰がその気持ちを持っているのかも見えなくなっていく。そんな時代だと思います。だからこそ、自分の感情というものを、ちゃんと最後まで持っていたいですね。
尾崎さんがSNSを積極的にやらない理由
――尾崎さんはほとんどSNSをされていないと思いますが、それは今のお話も関係しているのでしょうか。
【尾崎】特に意識してというより、単純にSNSに興味がなくなったんです。誰彼構わず、とにかく自分を知ってほしいとは思わなくなった。それより、今は怖さの方が勝ってしまう。
――それは感覚が変化してきた、ということでしょうか。
【尾崎】そうですね。音楽活動でもワンマンライブに来てくれるお客さんがちゃんといるバンドでありたい、というのを強く意識するようになりました。だから、何か発信する時も、本当に告知の時だけになりましたね。
(取材・構成:PHPオンライン編集部 片平奈々子)









