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- 連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【2】 高嶋哲夫
SP・明日香が次に護るのはNY!? 「襲撃」シリーズ第三弾。
ほぼ一年ぶりの警視庁だった。
明日香(あすか)はブラウスの襟首を直した。制服以外で警察関係の建物内で同僚と会うのは久し振りだ。警護官を降りてからずっと制服だった。
捜査一課の前を通りかかったとき、姿勢のいい長身の男が出てきた。
明日香を見て立ち止まった。千葉俊介(ちばしゅんすけ)、捜査一課の課長だ。
「復帰したんだってな。きみが立川の交番勤務の警察官でいるはずはないと思ってた」
「戻ったわけじゃありません。新崎(しんざき)先生の国連での演説に同行を命令されたからです」
「ニューヨークの国連本部でやるやつか」
千葉も知っている。明日香が想像していたのより規模の大きなものなのだ。
「反対なのか」
千葉が聞いた。明日香の表情を読み取ったのか。
「当然です。まだ東京襲撃の生き残りが多くいるはずです。必ず狙っています。アメリカだと何でもありです。アメリカに潜伏している仲間もいるでしょうし」
「だからおまえが呼ばれた。それを復帰と呼ぶんだ」
反論しようとしてやめた。千葉の言葉に間違いはない。
「ジョンというニューヨークの刑事がいただろ。彼からは時々メールが来る。風貌に似合わず律儀な奴だ」
ジョン・ハーパーはニューヨーク市警の刑事だ。ニューヨークで起こった爆破事件で義理の弟を失くし、犯人を追って東京にまで来た。テロ事件の捜査に精通しており、捜査一課の捜査に協力し、大いに千葉たちを助けたのだ。
ジョンは帰国当時、明日香に一日おきに電話をしてきた。空港での出来事を考えると、なぜか気が重くなり、明日香は三度に一度しか出なかった。今はほとんど電話はない。
「何か言ってきているのですか」
「その後の捜査の行方を知りたがっている。どさくさに紛れて行方(ゆくえ)をくらませている者も多いからな」
「その筆頭が山仲明美(やまなかあけみ)です。まだ見つかってはいないんでしょ」
遺体という意味だ。爆発とビルの崩壊、その後の火災がひどかったので、身元不明者がまだ十人近くいると聞いている。
「日本にデータのある者はほとんど特定できた。その他は海外に問い合わせているが、データを十分に持っていない国の方が多い。DNAデータだ」
「山仲明美のものは、アメリカに送った方が早くはないのですか」
「指紋はFBIに送ったが該当者はいなかった。これもジョンの力を借りている」
「何か分かれば連絡をください。新崎先生を警護するにあたり、重要な情報になります」
「おまえも警護が板についてきたな。さすが高見沢(たかみざわ)が期待してた警護官だ」
「初耳です。高見沢さんが期待してたなんて」
「あいつは言葉と態度が逆だったからな。おまえのことは、しごきがいがあると言っていた」
高見沢と横田(よこた)は友人だと聞いたことがある。高校の先輩後輩で、同じ空手部にいたと聞いている。
十分ほど立ち話をして明日香は警護課に行った。
横田は新崎の渡米予定表を前に一時間ほど説明した。
「予定表はしっかり頭に叩き込んでおくように。危険度は最高レベルだが、警護は最低レベルだ。おまえのことじゃない。政府の認識がだ」
「まさか警護は私一人じゃないでしょうね」
「安心しろ。現在の警護官もついていく。女性だ」
それを安心というのか。横田は本気でそう考えているのか。
「彼女だけですか」
「最高、最強の警護官もついていくだろう。それに、新崎前総理は警護を望んでいない。最初は、おまえだけでいいと言い張っていた」
明日香はそれ以上何も言えなかった。
その日の夜、横田から電話があった。
〈出発は明後日に決まった。国連でのスピーチの前に、ワシントンD.C.での少年兵更生団体・ワールド・セイフティの立ち上げの資金集めパーティーに参加するよう大統領の依頼があった〉
「当然、総理は受けたのですね」
〈明日から新崎前総理の警護についてくれ〉
横田は明日香には答えず聞いてくる。
「特別機は間に合うのですか。それとも民間機ですか」
〈前総理だが今は民間人だ。総理専用機は用意できない〉
当然だという横田の声が返ってくる。
「警備体制は用意できていますか」
〈しなきゃならんだろ。しかし新崎前総理はおまえと二人でも行くつもりだ〉
「もらったファイルの日付をそのまま前倒しにすべきです」
〈成田からケネディ国際空港はそのままだ。変更は、ワシントンD.C.での大統領の夕食会に呼ばれた三日間だけだ〉
「大統領と会うということは、ひょっとしてエリーゼも来るのですか」
〈これは極秘事項だ。まだNISの暗殺リストにはエリーゼは載っている〉
新崎元総理は暗殺リストには載っていないはずだ。彼女の政治生命はすでに絶たれている。しかし、まだ世界の人々に訴えかける力は残っている。あるいは一年前の報復ということもある。これがいちばん分かり易い。
「資金集めを兼ねた夕食会は、アルフレッド大統領の選挙運動のためですか」
横田は答えない。
しかしエリーゼを招くということは、FBIの保護プログラムを解消するということだ。エリーゼは現在、十三歳、子どもでさえNISの暗殺リストに載っているのか。
〈アメリカ出発は明後日。そのつもりで用意すること。明日の午前六時、警備部でミーティングだ。遅れないこと〉
時間厳守と繰り返すと、電話は切れた。
時計を見るとちょうど日付が変わったところだ。五時には出なくてはならない。あと、五時間。明日香はスマホの目覚ましをセットして、目を閉じた。
眠れそうにない。
時計を見ると午前一時。ワシントンD.C.は午後零時、ちょうど昼だ。スーザンはスマホを手に取り、デスクを立とうとしている頃だろう。
明日香はスーザンに電話をした。
〈そろそろかかってくると思ってた〉
「何か知ってるのね」
〈知らないこともない。ある意味、世界の中心に住んでるんだから〉
「そういう言い方、好きじゃない。でも、事実であることは間違いない」
〈でしょ。私はあなたの素直なところは大好き。日本人の美徳ね〉
「でも、日本も変わりつつある。で、知ってることって何なの」
電話が一瞬、沈黙した。
〈新崎さんは何か言ってなかったの〉
「私の百倍は知ってるみたいね。でも教えてくれない」
〈あなたに負担をかけたくないんじゃないの〉
「でもそれじゃ、警護は出来ない」
〈そこをキッチリ警護するのがプロじゃないの。あなた、警護に私情を入れないって、いつも言ってるでしょ〉
その通りだ。明日香はしばらく黙り込んだ。
「出来るだけ教えて。あなたに迷惑がかからない程度に」
再度、沈黙が続いた。
「〈少年兵更生団体ワールド・セイフティ〉の設立に関してでしょ」
明日香は言ってみた。
〈アルフレッド大統領がアメリカ主導の更生団体設立の提案をした〉
スーザンの低い声が返ってくる。
「そして、新崎先生を国連のスピーチに呼んだというわけね」
〈そればかりじゃない〉
「何か続きがあるの」
〈アメリカでは、秋には中間選挙がある。来年は大統領指名選挙の年。一期で下りるはずが、欲が出たのね。もう一期、と言うことになった。彼はある意味、必死。つまり現在、大統領の頭は選挙でいっぱいってこと。あの人、いつも福大統領に悩まされている〉
東京が襲撃されたときには、副大統領の指示を受けたシークレットサービスが大統領を傷付けようとしていた。
「だから国連で会議を企画して、新崎先生を招待したってことね」
〈半分当たってて、半分違っている〉
「日本の前総理が来てもどうってことはない。でも、会議には意味がある」
〈それも同じね。半分は正解〉
明日香は考え込んだ。前の会議でアルフレッド大統領が望んだことは何だ。
「ダメよ。絶対にダメ。エリーゼを引っ張りだそうだなんて」
明日香の声が大きくなった。
〈さすが明日香。アルフレッド大統領はエリーゼを選挙キャンペーンで連れ回るつもり。そのための会議よ〉
何かが起こる。そんな気がした。前宣伝が大きすぎる。
スーザンが続けた。
〈アメリカ人は強い大統領が好きなの。テロリストから虐げられていた少女を救い出して、自国に連れ帰った大統領。白馬の騎士なのよ〉
血にまみれたカッターシャツ、シークレットサービスたちに抱えられて会議場から連れ出される大統領。確かに、テロリストに立ち向かう勇敢な大統領だ。その大統領に救われた少女が大統領に感謝の言葉を述べる。しかし、その背後には――。
「でもあれは、新崎総理が自分の身体を犠牲にして――」
〈そんなことアメリカ国民の誰も思っちゃいない。アメリカファーストよ〉
スーザンの言葉は歯切れがいい。「それもアメリカ流なの」出かかった言葉を呑み込んだ。
「かなりヤバイ。まだNISの残党は世界中にいるし、アケミはまだ捕まっていない」
〈あの爆発から遺体は発見されなかったのね。ということは、脱出した可能性が高いってこと?〉
「分からない。あれは捜査一課の捜査だから。私は一介の警察官にすぎない」
〈アケミに対しては私も調べてみる。彼女、アメリカのバースカードもパスポートも持ってたんでしょ。それを使って入出国したのなら分かるはず〉
自分自身を納得させるような言い方だった。やはりあの事件はスーザンにとっても、衝撃的だったのだ。
バースカードは、出生証明書カードで、アメリカで生まれた際に発行される出生証明書の簡略版、または登録済みであることを証明するカード形式の書類だ。パスポートの申請や学校への入学手続き、身分証明が必要な際に「出生証明書の原本」の代わり、あるいは補助書類として使われている。
〈それで、こっちに来るのはいつなの。もう、決めているんでしょ〉
「警護は徹底的に隠密(おんみつ)行動にするか、ガチガチに力で守るか。どちらかね」
〈私は隠密行動に賛成。相手は力には力で来る。また、東京のようになる〉
去年の首都襲撃は、二つの組織、イスラム系勢力NISと、日本の旧過激派組織赤色戦線によって多くの人が死に、大きく破壊された。
「私もそう思ってる。でも、新崎先生は公式に招待されている。どこまで隠密行動がとれるかどうか」
三十分ほど話して電話を切った。ベッドに入り、目を閉じた。どうせ眠れないことを覚悟しながら。











