1. PHPオンライン
  2. Moguru(本の話)
  3. 連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【2】 高嶋哲夫

Moguru(本の話)

Moguru(本の話)

連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【2】 高嶋哲夫

高嶋哲夫(作家)

2026年10月10日 公開

連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【2】 高嶋哲夫

SP・明日香が次に護るのはNY!? 「襲撃」シリーズ第三弾。

 


 

ほぼ一年ぶりの警視庁だった。

明日香(あすか)はブラウスの襟首を直した。制服以外で警察関係の建物内で同僚と会うのは久し振りだ。警護官を降りてからずっと制服だった。

捜査一課の前を通りかかったとき、姿勢のいい長身の男が出てきた。

明日香を見て立ち止まった。千葉俊介(ちばしゅんすけ)、捜査一課の課長だ。

「復帰したんだってな。きみが立川の交番勤務の警察官でいるはずはないと思ってた」

「戻ったわけじゃありません。新崎(しんざき)先生の国連での演説に同行を命令されたからです」

「ニューヨークの国連本部でやるやつか」

千葉も知っている。明日香が想像していたのより規模の大きなものなのだ。

「反対なのか」

千葉が聞いた。明日香の表情を読み取ったのか。

「当然です。まだ東京襲撃の生き残りが多くいるはずです。必ず狙っています。アメリカだと何でもありです。アメリカに潜伏している仲間もいるでしょうし」

「だからおまえが呼ばれた。それを復帰と呼ぶんだ」

反論しようとしてやめた。千葉の言葉に間違いはない。

「ジョンというニューヨークの刑事がいただろ。彼からは時々メールが来る。風貌に似合わず律儀な奴だ」

ジョン・ハーパーはニューヨーク市警の刑事だ。ニューヨークで起こった爆破事件で義理の弟を失くし、犯人を追って東京にまで来た。テロ事件の捜査に精通しており、捜査一課の捜査に協力し、大いに千葉たちを助けたのだ。

ジョンは帰国当時、明日香に一日おきに電話をしてきた。空港での出来事を考えると、なぜか気が重くなり、明日香は三度に一度しか出なかった。今はほとんど電話はない。

「何か言ってきているのですか」

「その後の捜査の行方を知りたがっている。どさくさに紛れて行方(ゆくえ)をくらませている者も多いからな」

「その筆頭が山仲明美(やまなかあけみ)です。まだ見つかってはいないんでしょ」

遺体という意味だ。爆発とビルの崩壊、その後の火災がひどかったので、身元不明者がまだ十人近くいると聞いている。

「日本にデータのある者はほとんど特定できた。その他は海外に問い合わせているが、データを十分に持っていない国の方が多い。DNAデータだ」

「山仲明美のものは、アメリカに送った方が早くはないのですか」

「指紋はFBIに送ったが該当者はいなかった。これもジョンの力を借りている」

「何か分かれば連絡をください。新崎先生を警護するにあたり、重要な情報になります」

「おまえも警護が板についてきたな。さすが高見沢(たかみざわ)が期待してた警護官だ」

「初耳です。高見沢さんが期待してたなんて」

「あいつは言葉と態度が逆だったからな。おまえのことは、しごきがいがあると言っていた」

高見沢と横田(よこた)は友人だと聞いたことがある。高校の先輩後輩で、同じ空手部にいたと聞いている。

十分ほど立ち話をして明日香は警護課に行った。

横田は新崎の渡米予定表を前に一時間ほど説明した。

「予定表はしっかり頭に叩き込んでおくように。危険度は最高レベルだが、警護は最低レベルだ。おまえのことじゃない。政府の認識がだ」

「まさか警護は私一人じゃないでしょうね」

「安心しろ。現在の警護官もついていく。女性だ」

それを安心というのか。横田は本気でそう考えているのか。

「彼女だけですか」

「最高、最強の警護官もついていくだろう。それに、新崎前総理は警護を望んでいない。最初は、おまえだけでいいと言い張っていた」

明日香はそれ以上何も言えなかった。

 

その日の夜、横田から電話があった。

〈出発は明後日に決まった。国連でのスピーチの前に、ワシントンD.C.での少年兵更生団体・ワールド・セイフティの立ち上げの資金集めパーティーに参加するよう大統領の依頼があった〉

「当然、総理は受けたのですね」

〈明日から新崎前総理の警護についてくれ〉

横田は明日香には答えず聞いてくる。

「特別機は間に合うのですか。それとも民間機ですか」

〈前総理だが今は民間人だ。総理専用機は用意できない〉

当然だという横田の声が返ってくる。

「警備体制は用意できていますか」

〈しなきゃならんだろ。しかし新崎前総理はおまえと二人でも行くつもりだ〉

「もらったファイルの日付をそのまま前倒しにすべきです」

〈成田からケネディ国際空港はそのままだ。変更は、ワシントンD.C.での大統領の夕食会に呼ばれた三日間だけだ〉

「大統領と会うということは、ひょっとしてエリーゼも来るのですか」

〈これは極秘事項だ。まだNISの暗殺リストにはエリーゼは載っている〉

新崎元総理は暗殺リストには載っていないはずだ。彼女の政治生命はすでに絶たれている。しかし、まだ世界の人々に訴えかける力は残っている。あるいは一年前の報復ということもある。これがいちばん分かり易い。

「資金集めを兼ねた夕食会は、アルフレッド大統領の選挙運動のためですか」

横田は答えない。

しかしエリーゼを招くということは、FBIの保護プログラムを解消するということだ。エリーゼは現在、十三歳、子どもでさえNISの暗殺リストに載っているのか。

〈アメリカ出発は明後日。そのつもりで用意すること。明日の午前六時、警備部でミーティングだ。遅れないこと〉

時間厳守と繰り返すと、電話は切れた。

時計を見るとちょうど日付が変わったところだ。五時には出なくてはならない。あと、五時間。明日香はスマホの目覚ましをセットして、目を閉じた。

眠れそうにない。

時計を見ると午前一時。ワシントンD.C.は午後零時、ちょうど昼だ。スーザンはスマホを手に取り、デスクを立とうとしている頃だろう。

明日香はスーザンに電話をした。

〈そろそろかかってくると思ってた〉

「何か知ってるのね」

〈知らないこともない。ある意味、世界の中心に住んでるんだから〉

「そういう言い方、好きじゃない。でも、事実であることは間違いない」

〈でしょ。私はあなたの素直なところは大好き。日本人の美徳ね〉

「でも、日本も変わりつつある。で、知ってることって何なの」

電話が一瞬、沈黙した。

〈新崎さんは何か言ってなかったの〉

「私の百倍は知ってるみたいね。でも教えてくれない」

〈あなたに負担をかけたくないんじゃないの〉

「でもそれじゃ、警護は出来ない」

〈そこをキッチリ警護するのがプロじゃないの。あなた、警護に私情を入れないって、いつも言ってるでしょ〉

その通りだ。明日香はしばらく黙り込んだ。

「出来るだけ教えて。あなたに迷惑がかからない程度に」

再度、沈黙が続いた。

「〈少年兵更生団体ワールド・セイフティ〉の設立に関してでしょ」

明日香は言ってみた。

〈アルフレッド大統領がアメリカ主導の更生団体設立の提案をした〉

スーザンの低い声が返ってくる。

「そして、新崎先生を国連のスピーチに呼んだというわけね」

〈そればかりじゃない〉

「何か続きがあるの」

〈アメリカでは、秋には中間選挙がある。来年は大統領指名選挙の年。一期で下りるはずが、欲が出たのね。もう一期、と言うことになった。彼はある意味、必死。つまり現在、大統領の頭は選挙でいっぱいってこと。あの人、いつも福大統領に悩まされている〉

東京が襲撃されたときには、副大統領の指示を受けたシークレットサービスが大統領を傷付けようとしていた。

「だから国連で会議を企画して、新崎先生を招待したってことね」

〈半分当たってて、半分違っている〉

「日本の前総理が来てもどうってことはない。でも、会議には意味がある」

〈それも同じね。半分は正解〉

明日香は考え込んだ。前の会議でアルフレッド大統領が望んだことは何だ。

「ダメよ。絶対にダメ。エリーゼを引っ張りだそうだなんて」

明日香の声が大きくなった。

〈さすが明日香。アルフレッド大統領はエリーゼを選挙キャンペーンで連れ回るつもり。そのための会議よ〉

何かが起こる。そんな気がした。前宣伝が大きすぎる。

スーザンが続けた。

〈アメリカ人は強い大統領が好きなの。テロリストから虐げられていた少女を救い出して、自国に連れ帰った大統領。白馬の騎士なのよ〉

血にまみれたカッターシャツ、シークレットサービスたちに抱えられて会議場から連れ出される大統領。確かに、テロリストに立ち向かう勇敢な大統領だ。その大統領に救われた少女が大統領に感謝の言葉を述べる。しかし、その背後には――。

「でもあれは、新崎総理が自分の身体を犠牲にして――」

〈そんなことアメリカ国民の誰も思っちゃいない。アメリカファーストよ〉

スーザンの言葉は歯切れがいい。「それもアメリカ流なの」出かかった言葉を呑み込んだ。

「かなりヤバイ。まだNISの残党は世界中にいるし、アケミはまだ捕まっていない」

〈あの爆発から遺体は発見されなかったのね。ということは、脱出した可能性が高いってこと?〉

「分からない。あれは捜査一課の捜査だから。私は一介の警察官にすぎない」

〈アケミに対しては私も調べてみる。彼女、アメリカのバースカードもパスポートも持ってたんでしょ。それを使って入出国したのなら分かるはず〉

自分自身を納得させるような言い方だった。やはりあの事件はスーザンにとっても、衝撃的だったのだ。

バースカードは、出生証明書カードで、アメリカで生まれた際に発行される出生証明書の簡略版、または登録済みであることを証明するカード形式の書類だ。パスポートの申請や学校への入学手続き、身分証明が必要な際に「出生証明書の原本」の代わり、あるいは補助書類として使われている。

〈それで、こっちに来るのはいつなの。もう、決めているんでしょ〉

「警護は徹底的に隠密(おんみつ)行動にするか、ガチガチに力で守るか。どちらかね」

〈私は隠密行動に賛成。相手は力には力で来る。また、東京のようになる〉

去年の首都襲撃は、二つの組織、イスラム系勢力NISと、日本の旧過激派組織赤色戦線によって多くの人が死に、大きく破壊された。

「私もそう思ってる。でも、新崎先生は公式に招待されている。どこまで隠密行動がとれるかどうか」

三十分ほど話して電話を切った。ベッドに入り、目を閉じた。どうせ眠れないことを覚悟しながら。

 

プロフィール

高嶋哲夫(たかしま・てつお)

作家

慶應大学工学部卒、同大学院修了。日本原子力研究所研究員を経て米国留学後、作家に転身。また2005年に出版した『TSUNAMI』が東日本大震災、2010年に出版した『首都感染』が新型コロナウイルス感染症で起きた事態をそれぞれ「予言」していたと各マスコミで大きな話題となった。ほか著作に『ライジング・ロード』『官邸襲撃』『首都襲撃』など。

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×