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地方ならではの事件や捜査に注目 全国「道府県警」小説を追え!

「文蔵」編集部

2025年11月19日 公開

地方ならではの事件や捜査に注目 全国「道府県警」小説を追え!

「警察小説」と聞いてまず思い浮かぶのは、警視庁捜査一課の刑事による華麗な捜査。しかし、事件は「全国の」現場で起きている。本稿では、各地方の刑事たちが、その地特有の事情が絡む事件を地道に解き明かす作品をピックアップ。一読すれば、街の警察官が頼もしく思えてくるはずだ。(文・西上心太)

※本稿は、『文蔵』2025年7・8月号より内容を抜粋・編集したものです。

 

津々浦々の「街の刑事」が躍動する名品たち

あいかわらず警察小説が人気である。書き手も増えているのではないか。

ところで統計を取ったわけではないが、体感的に作品の70%以上が警視庁管内、つまり東京が舞台になっているように思える。東京都の面積は47都道府県のうち下から3番目の45位であるが、人口は最も多いし、皇居を始め、国会議事堂、各官公庁など、政治や行政に関わる施設、さらに各国の大使館など重要な拠点が蝟集しているので、大がかりなテロ案件などもテーマとして扱える。

また盛り場の数も多い。新宿、渋谷、六本木、池袋、上野、浅草......。それぞれ色合いが違う町なので各所轄署を舞台にすれば、その土地ながらの個性的な物語が作れるだろう。一方で23区を離れ三多摩地区に目を向ければ、そこは豊富な自然に囲まれた土地だ。山岳地帯もあるので冒険小説の要素も加わった物語も可能になる。東京という土地の多様性が、東京が舞台の警察小説の後押しをしているのだ。

とはいえ一極集中では面白くない。東京以外が舞台になる警察小説を探してみた。

 

【北海道・東北地方】寒さを跳ね返す、北の刑事のアツい情熱

まずは北からいくとしよう。北海道といえばまず指を折るのが佐々木譲の北海道警シリーズだ。すでに11作を数える長寿シリーズに成長した。札幌大通り署の佐伯宏一警部補が主人公だ。

かつて囮捜査を共にした道警生活安全課の津久井卓が道警の不正を証言することになった。それを阻止しようとする上層部によって、殺人容疑をかけられ射殺命令まで下される。佐伯は後に恋人関係になる大通署総務係の小島百合巡査らとともに津久井の汚名をそそぐため、秘かにチームを結成し真相に迫っていく、というのが1作目『笑う警官』のストーリーだ。

その後は紆余曲折あり、佐伯は大通署の盗犯係、津久井は道警本部の機動捜査隊員に、小島は大通署生活安全課少年係になり、最新作の『警官の酒場』まで警察小説定番のさまざまなテーマを扱ったモジュラー型捜査小説を上梓してきた。

現在連載中の12作目「非情の港」で、ついに佐伯は警部に出世し函館に異動になった。札幌から港町の函館へ。シーズン2が始まっているこのシリーズから、これからも目を離せない。

函館といえば戊辰戦争の決着がついた五稜郭の戦いがあった地であるが、天然の良港を持ち、江戸時代から重要な土地であった。明治になってからは外国船の寄港がさらに増え、国際色豊かな港町として発展していく。

高城高『函館水上警察』は明治24年の函館が舞台となる歴史警察小説だ。当時は不平等条約がまだ改正されていなかった。制約がある不自由な時代に起きた外国人がらみの犯罪に、アメリカ帰りでフェンシングの達人である五条文也警部が挑んでいく。陸だけでなく船上での活劇も楽しめる。

東北一の都会が宮城県仙台市。高城高の縁の地でもあるが、その仙台市で福祉保険事務所課長と県会議員が拉致監禁され、餓死させられるという事件が起きるのが、中山七里『護られなかった者たちへ』である。

捜査に当たるのは宮城県警捜査一課の笘篠誠一郎だ。周囲から悪評が聞こえてこない2人の被害者を繋ぐ輪を笘篠は発見し、ようやく容疑者としてある人物が浮かび上がる。社会のセーフティネットをめぐる、社会的なテーマを前面に出した作品だが、〈どんでん返しの帝王〉の異名を持つ作者のストーリーテラーぶりはこの作品でも存分に発揮されている。

なお、笘篠の妻子は東日本大震災で津波に攫われ行方不明になっている。次作の『境界線』では笘篠のその境遇に絡んだ事件が勃発する。

 

【関東地方】警視庁とのライバル意識が捜査を難しくする?

次は関東地方だ。アマゾネスと呼ばれる高頭冴子警部が登場するのが同じ中山七里の『逃亡刑事』である。

高頭は千葉県警捜査一課の班長で、男性勝りの迫力で部下を統率する。だが県警内部の悪事を知ったことから、証拠を捏造され同僚刑事の殺害犯に仕立て上げられてしまう。そして犯行のただ1人の目撃者である幼い少年とともに逃亡生活を送る。四面楚歌の状態からの反撃が読みどころである。

房総半島の山岳地帯を舞台にしたのが笹本稜平『山狩』だ。

安房署の警察官小塚俊也は登山中、ストーカー被害を訴えていた女性の転落死体を発見する。しかし安房署の捜査課の刑事は、おざなりな捜査で事故死と結論づけ幕引きを図る。納得のいかない小塚は県警本部の山下正司警部補に連絡を取る。

山下は、重大事件に至りそうな緊急性が高いストーカー事案に対処し、初動体制を強化するために新設された生活安全捜査隊の第一班主任なのだ。権力者に近しい容疑者、彼らと癒着した悪徳警官を追っていくのだが、後半は思わぬ人物がクローズアップされるとともに、山岳アクションも楽しめる。

埼玉県の小高い山で発見された白骨死体と、遺留品の高級な将棋の駒。その駒の来歴を辿っていくのが柚月裕子『盤上の向日葵』である。プロ棋士を目指しながら挫折した元奨励会員の若手刑事と、埼玉県警捜査一課のベテラン刑事がコンビを組み事件を追う。

栃木県足利市と群馬県桐生市。渡良瀬川の両岸の河川敷であいついで女性の遺体が発見される。10年前の未解決事件と関連があるのか。そんな北関東の二県をまたいだ殺人事件を描いた奥田英朗『リバー』は、両県警の捜査陣、新聞記者、被害者家族らの思いが交錯したドラマが展開される大作である。

神奈川県は作品数が多い。今野敏の隠蔽捜査シリーズも、『清明 隠蔽捜査8』から竜崎伸也が神奈川県警刑事部長に異動になった。また、マル暴刑事が主人公のみなとみらい署暴対係シリーズも『逆風の街』以降、巻を重ね7作が刊行されている。

主人公は諸橋夏男警部。彼は同署刑事課暴力団対策課の係長だ。警部であれば、所轄署なら本来課長クラスなのだが、暴力団を恨むあまり無茶をやったための降格人事で係長となっている。同期で係長補佐の城島勇一警部補との名コンビぶりも読みどころだ。

『オフリミッツ横浜外事警察』は、時代小説作家で横浜生まれの伊東潤が初めて書いたミステリーだ。昭和37年、横浜港で女性の全裸死体が発見された。米軍関係者が容疑者として浮上する。神奈川県警外事課のソニー沢田 、米軍横須賀基地の犯罪捜査官ショーン坂口。外見はアングロサクソン系白人そのものの沢田と、見た目は日本人の日系3世の坂口。立場は違うが、同じアウトサイダーの2人が事件に挑む。

鳴神響一も神奈川県茅ヶ崎市在住故か、すでに20作を超える大ヒットシリーズに成長した〈脳科学捜査官真田夏希〉シリーズのほか、〈神奈川県警「ヲタク」担当細川春菜〉、〈鎌倉署・小笠原亜澄の事件簿〉と合わせて3つのシリーズを書き継いでいる。作品数でいえば神奈川警察小説の一番手であろう。

 

【中部地方】山岳警備から原発テロとの対決まで

現実の冤罪事件に取材した作品が安東能明『蚕の王』だ。昭和25年に静岡県二俣町で起きた一家殺害事件。拷問王と呼ばれた静岡県警の刑事によってウソの自白に追い込まれた少年は死刑判決を受けるが、最高裁で逆転無罪が確定する。多くの冤罪が生みだされてしまった原因を見つめた作品だ。

次は山梨県に聳える南アルプスの最高峰北岳に登ることにしよう。この山の標高2236メートルにある白根御池小屋、その隣にあるのが南アルプス警察署南アルプス山岳救助隊の夏山警備派出所だ。この架空の救助隊は樋口明雄の『天空の犬』に始まる〈南アルプス山岳救助隊K- 9〉シリーズに登場する。

隊員とペアを組む3頭の救助犬がいるのが特徴だ。主人公は星野夏実巡査部長である。彼女はボーダーコリーの牝犬メイのハンドラーである。作中で、救助隊は本来の業務である遭難者の救助だけでなく、テロリストとも対峙する。最新作『愛と名誉のためでなく』でシリーズも14作目。作者のライフワークといえるシリーズである。

堂場瞬一のデビュー2作目が初の警察小説『雪虫』だった。

主人公鳴沢了は3代続く警察官一家の生まれで、西新潟署に所属する刑事である。老女の殺人事件が起き、彼の父が署長を務める魚沼署に捜査本部ができる。了は、その事件が過去に起きた事件と関係していると主張するが......。父との間の確執もあり、彼はこの事件をきっかけに故郷の新潟を離れ、警視庁採用試験を受け合格。次作から舞台は東京に移る。

増田俊也『警察官の心臓』は、愛知県岡崎市で起きた76歳の老女殺人事件を描く。被害者は東大卒の元地方局アナウンサーだったが、亡くなる直前まで性風俗に携わっていた。

容疑者が絞れない事件に挑むのが愛知県警捜査一課で係長を務める35歳の湯口健次郎警部補と、岡崎署生活安全課保安係長のベテラン蜘蛛手洋平警部補だ。アロハシャツ姿で風俗業界の裏表に詳しい蜘蛛手の捜査手法に困惑し反発しながら、酷暑の中で長時間にわたる捜査に挑む。昭和の刑事臭が漂う熱気あふれる大作だ。

東野圭吾『天空の蜂』では愛知県と福井県が主な舞台になる。愛知県小牧市の航空機工場から遠隔装置で盗み出された巨大ヘリコプターが、敦賀半島の原発上空に移動しホバリングを始める。やがて原発を停止しなければヘリを墜落させるという脅迫が入る。愛知県警と福井県警の捜査一課の刑事たちは、それぞれ盗難犯と脅迫事件の容疑者を追っていく。警察小説の範疇を超えた、原発テロを描いた冒険サスペンスである。

 

【近畿・中国・四国地方】悪徳? ユーモア? 個性派刑事が目白押し!

大阪は黒川博行の独擅場といっていいだろう。堀内信也と伊達誠一というマル暴担当の悪徳刑事コンビが大暴れする『悪果』もいいのだが、キャリア初期のころに精力的に書き継がれた〈大阪府警〉シリーズも忘れがたい。『二度のお別れ』『八号古墳に消えて』など9作品がある。

黒木憲造と亀田淳也の通称「黒マメコンビ」など、刑事同士の絶妙でユーモラスな大阪弁の会話がトッピングされた、正統的な警察捜査小説であり、作品によっては本格ミステリーのようなトリックも用意されているのだ。

昭和22年末から昭和29年6月まで、日本には2種類の警察組織が存在した。その一つがすべての市と人口5000人以上の町村に設置された自治体警察であり、もう一つが国家地方警察「国警」である。坂上泉『インビジブル』は、大阪に警視庁があった昭和29年5月に起きた参議院議員殺人事件を描いている。

現場にいち早く臨場した東署の新人刑事新城洋は捜査本部に引き上げられる。政治テロの可能性も否めないため、国家警察の捜査員も加わることに。そして新城は国警の過激政治犯専従捜査員の守屋恒成警部補とコンビを組む。この時代背景でしか描けない警察小説である。

川崎草志『署長・田中健一の憂鬱』『署長・田中健一の幸運』はそれぞれ舞台が愛媛と京都だ。田中健一は国家公務員上級試験に合格し、うっかり警察官僚になってしまった若手キャリア警察官だ。

もとよりやる気がなく、連合艦隊のプラモデルを作ることが唯一の趣味なのだが、偶然と幸運が重なり、管内で起きた難事件を次々と解決に導いてしまうという、実に楽しいユーモア警察小説なのだ。

広島は再び柚月裕子に登場していただこう。映画にもなった『孤狼の血』である。昭和63年。呉市をモデルにしたと思しい呉原市が舞台。

所轄署の捜査二課に配属された新米刑事の日岡秀一は、暴力団との癒着の噂があるベテラン刑事の大上章吾とコンビを組み、暴力団のフロント企業である闇金融業者会計係の失踪事件を追っていく。大上の強引な手法で捜査は進展を見せるが、対立する暴力団の抗争勃発が現実になろうとしていた。映画「仁義なき戦い」へのオマージュにあふれた悪徳警官物で、続編『狂犬の眼』、『暴虎の牙』も見逃せない。

 

【九州・沖縄地方】中央に翻弄される地方の警察の悲哀とは

博多湾を見渡す海岸香椎潟で服毒死した男女の死体が発見される。男は某省の課長補佐、女は料亭の従業員であった。その省では汚職事件の摘発が進行中だったため、それを苦にした心中事件と思われた。

しかし香椎署のベテラン刑事鳥飼重太郎は、男のある遺留品からその結論に違和感を持つ。汚職事件を調査中の警視庁捜査二課の三原紀一警部補は、鳥飼の話を聞き、独自の調査を始めるとある人物が浮かび上がるが、その男には鉄壁のアリバイがあった。

いうまでもなく松本清張初のミステリー『点と線』である。福岡にいる鳥飼の出番は少ないが、香椎の海岸や町並みなど印象に残るシーンは福岡の方が多い。

伊東潤『琉球警察』はアメリカ統治時代の沖縄が舞台だ。琉球警察の名護署に配属された東貞吉は着任後に功績を挙げ、公安刑事に抜擢されて、沖縄人民党を組織した瀬長亀次郎に心酔する少年をスパイに仕立てようとする。瀬長はアメリカの弾圧に対し、合法的で現実的な運動を展開した実在の人物である。東は瀬長を共産主義者と決めつける琉球列島米国民政府に反発を覚え、職務と沖縄人としての思いに引き裂かれていく。

もう1作が坂上泉『渚の螢火』だ。こちらは本土復帰直前の昭和47年が舞台。通貨切替のため、急ぎ集められていたドル紙幣を積んだ現金輸送車が襲撃され6000万ドルが奪われる。箝口令を敷いた琉球政府と琉球警察は、本土復帰特別対策室の班長・真栄田太一警部補に極秘捜査を命じる。

真栄田はたった5人の仲間とともに、タイムリミットが設けられた難事件に挑んでいく。沖縄という地政学的に翻弄され続けた地の矛盾も浮かび上がらせた傑作だ。

 

これで北から南までひとまず紹介した。

最後におまけとして外地を取りあげよう。満洲国大連が舞台の鮎川哲也『ペトロフ事件』である。主人公は後の鮎川作品でおなじみの鬼貫警部だ。彼は本作で、関東州警察沙河口警察署の警部として初登場した。ロシア人富豪の射殺事件が起きる。3人の身内が容疑者に浮上するが、みな堅牢なアリバイがあった。

満洲鉄道の技師を父に持ち、小学3年生から足かけ20年ほど大連で暮らした作者の体験が大いに生かされたデビュー作である。満洲鉄道を使ったアリバイに鬼貫が挑む。トラベル・ミステリーの先駆的作品は、警察小説というよりも、名探偵的警察官による探偵小説、といった方が正しいかもしれないが。

 

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