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日本の子どもは世界トップ級の学力なのに、なぜ経済は停滞? PISA研究が突きつける現実

飯田一史(出版ジャーナリスト)

2026年11月03日 公開

日本の子どもは世界トップ級の学力なのに、なぜ経済は停滞? PISA研究が突きつける現実

OECD(経済協力開発機構)が世界各国の15歳を対象に実施する国際学力調査「PISA」では、読解力や数学的リテラシー、科学的リテラシーを測定しています。2022年の調査で日本は、読解力がOECD加盟国中2位、数学的リテラシーが1位、科学的リテラシーが1位と、いずれも世界トップクラスの成績を収めました。

PISAの結果は教育政策に大きな影響を与え、日本でも順位の低下が教育改革のきっかけとなってきました。しかし、そもそもPISAで高得点を取ることには、どんな意味があるのでしょうか。書籍『「若者の読解力低下」というウソ』より解説します。

※本稿は、飯田一史著『「若者の読解力低下」というウソ』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

PISAスコアで経済成長率は説明できない

ところで、そもそも、なぜPISAのスコアが高い必要があるのか。

この点も、日本のマスメディアではほとんど問われ、検証されることがない。

とにかく順位やスコアは高いほうがよく、また、高くなければならないという前提になっている。しかし、成績がいいことに何のメリットがあるのか理解もせず、ただ上位をめざすのは危険だろう。

学校教育は、次世代に対する投資である。コストをかけてもリターンがないことに必死になっていたなら、税金のムダだ。子どもにとっても不幸である。

PISAの理論的な根拠は「知識資本論」―国民の認知スキルが、長期的な経済成長の主たる決定要因だ、という仮定にある。

エリック・ハヌシェクとルドガー・ウェスマンは、教育の「量」(教育年数)ではなく、国際学力調査によって測定される認知スキルの「質」、すなわち「知識資本」こそが経済成長のドライバーだと主張した。

彼らは1960年から2000年にかけての50カ国のデータを分析し、各国の長期的な経済成長率のバラつきの約4分の3(約73%)が、労働力の認知スキル(数学・科学のテストスコア)の差異によって説明できると結論づけた。試算によれば、PISAのテストスコアが100ポイント上昇すると、長期的な1人当たりGDPの年平均成長率を約2%ポイント押し上げる効果があるとされた(※1)。

経済成長率が年間2%ポイントもちがうのなら、成長率が鈍化した先進国では、政治的にとりくむべき課題になる。「教育改革にコストをかけても、PISA対策は十分に回収できるものだ」という理屈になる。

ところが、実際にはPISAスコアの高さは将来の経済的繁栄を保証せず、近年の東アジアや高所得国ではその相関が消失しているという指摘がある。

コマツ・ヒカルとジェレミー・ラプリーによる再分析では、ハヌシェクとウェスマンが示した強い相関関係は、1960年から2000年という特定の期間、および東アジアの急速な経済成長(東アジアの奇跡)に強く依存していると指摘されている。1990年から2010年、あるいは1995年から2014年といったより最近の期間に限定して分析を行うと、テストスコアと経済成長の相関関係は劇的に低下し、ほぼゼロになる(※2)。

また、PISA2000のスコアは、その後の2000年から2015年の経済成長を予測できなかった。

PISA2000のスコア(読解、数学、科学)と、その後の経済成長率のあいだには、統計的に有意な正の相関が見られなかった。むしろ、スコアと成長率には「負の相関(スコアが低い国ほど成長率が高い)」が見られたのである(図3-1)。

図3-1 各国のPISA読解スコア平均点と経済成長率の相関

一般に、発展途上国は先進国よりも高い成長率を示す。そして途上国は、教育システムが整っていないことが多い。ゆえに「PISAのスコアが低い国の成長率が高い」状態になる。「経済成長が先、スコア向上はあと」になりやすい。

しかし、途上国なのか先進国なのかというその国の経済レベルを統制(調べたい要因以外の条件をそろえて、その要因の純粋な効果を見ること)したとしても、PISAスコアが成長を牽引するという証拠は得られなかった。

PISAのスコアが向上した国では、先進国であってもその「前」に経済成長が起きている。経済的繁栄が、次の世代に対する教育投資や家庭環境の改善をもたらす。それがテストスコアを押し上げる。逆にスコアが低下した国でも、スコア低下の「前」に経済的な停滞が起きていた。経済が停滞すると、教育に使えるカネもなくなり、スコアが落ちる。つまり「高いテストスコアが、経済成長をもたらす」わけではない(※3)。順番、因果関係としては逆なのだ、と。

さらにドミニカ・セーチとアーグネシュ・スノマールによる2006年から2019年のデータを対象とした研究でも、「PISAスコアの上昇がGDP成長率にプラスの影響を与える」という仮説は成り立たなかったと検証されている(※4)。

PISAのスコアを、経済成長の先行指標として扱うことがOECDの大前提だった。

しかしその点に対して批判的な研究がいくつもある。とすれば、PISAをもとに教育カリキュラムを大胆に変える政策は、統計的な根拠があやしい。

PISAのスコアが上がっても、経済成長とは何の関係もない。ではなぜPISAへのキャッチアップをつづけなければならないのか。

ただたんに国家の威信をかけて「ほかの国に勝ちたい」以外の動機がないのに子どもを巻き込んで教育改革をしているのなら、バカげている。

 

(※1)OECD.(2010). "The High Cost of Low Educational Performance: The Long-run Economic Impact of Improving PISA Outcomes."
https://www.oecd.org/en/publications/the-high-cost-of-low-educational-performance_9789264077485-en.html

(※2)Komatsu, H., & Rappleye, J.(2017)."A new global policy regime founded on invalid statistics? Hanushek, Woessmann, PISA, and economic growth." Comparative Education.
https://www.researchgate.net/publication/315463187_A_new_global_policy_regime_founded_on_invalid_statistics_Hanushek_Woessmann_PISA_and_economic_growth

(※3)Gorur, R., Sellar, S., & Steiner-Khamsi, G.(Eds.).(2019)."World Yearbook of Education 2019:Comparative Methodology in the Era of Big Data and Global Networks." London: Routledge.
https://doi.org/10.4324/9781315147338

(※4)Szécsi, D., & Szunomár, Á.(2024)."PISA score as an inappropriate measure for growth? Empirical evidence from East Asia." Society and Economy, 46(3),305-321.
https://www.researchgate.net/publication/378977166_PISA_score_as_an_inappropriate_measure_for_growth_Empirical_evidence_from_East_Asia

プロフィール

飯田一史(いいだ・いちし)

出版ジャーナリスト

出版ジャーナリスト・ライター。1982年、青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌やライトノベルの編集者を経て、独立。出版産業、読書、子どもの本、マンガ、ウェブ小説などについて取材、執筆している。JPIC読書アドバイザー養成講座講師、一般社団法人電子出版制作・流通協議会「電流協アワード」選考委員。著作に『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』『「若者の読書離れ」というウソ』(共に平凡社新書)、『いま、子どもの本が売れる理由』(筑摩書房)、『9割の日本人のための「ゆる読書」入門』(時事通信出版局)など。

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