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社会

日本の初等教育は世界一

川口マーン惠美(作家/評論家/ドイツ在住)

2015年06月09日 公開 2023年01月12日 更新

 

日本人の美しい特質を生かしきるために

 日本の初等教育には、他にも良いところがある。学校にいる時間が長いので、学校が勉強の場だけでなく、コミュニティーとなっている点だ。教師と一緒に給食を食べ、皆で一緒に掃除をし、朝礼もあれば、運動会もあり、何より部活がある。

 部活では、授業とはまったく違った世界が形成されるので、社会性や上下の人間関係を生きた形で学べる。勉強があまりできなくても、活躍できる場が見つかるし、チームワークの精神も育つ。

 リーダーシップが発揮できる子は尊敬され、優しい子、面倒見のいい子も、それなりに皆の心にインプットされる。勉強ができるかどうかではなく、頼りになるかどうかが問われる。好かれる子、嫌われる子が出てくる。

 日本人が、気負わず、ごく自然に、平等の感覚を身につけているのは、給食、掃除、部活のおかげだ。これらの体験を経て、人生で大切なのは勉強だけではないということが、あぶり出しのように見えてくる。そして、さらにそれが中学、高校と受け継がれ、会社に勤めたら、役員と平社員が社員食堂で一緒にご飯を食べても、誰も不自然と感じない。私たちは稀に見る平等な社会で暮らしているのである。

 ただ、これほど多くの良い条件と資質を持ちながら、私たちはそれを、うまく生かしきれていないように思う。

 戦後、ゼロから始めたドイツと日本は、民主主義と平和主義を死守しながら、ひたすら前進した。その道は、世界2位、3位の経済大国となったところまではとても似ていたのに、今、この2国の世界での立ち位置は、ずいぶん異なっている。かつて、ホロコーストのおかげで地を這うようにしか行動できなかったドイツが、いつの間にか、経済力だけでなく、圧倒的な政治力を手にするようになった。そのしたたかさは、驚くべきものだ。日本は大きく水をあけられてしまった。

 世界の国々と日本には、今、温度差がある。世界は過激だ。どこもかしこも闘争に満ちていて、一筋縄では生き残れない。そんななか、日本だけが、国民の気持ちが穏やかで、初等教育のセーフティネットが機能しているので格差も少ない。どちらも、絶対に壊してはいけない大切な宝だけれど、一方で、私たちは土俵際まで追い詰められている。良い物を、黙ってコツコツと作っていれば豊かになれる時代は終わったのに、呑気な日本人には、その危うさがよく見えていない。

 本来ならば日本は、その能力と経済力に見合ったリーダーシップや政治力も身につけていかなければならないはずだ。そのためには、主張や、交渉や、妥協や、あの手この手が必要だが、学校でそれらの訓練があまりなされない。討論もプレゼンも、練習の機会は少ない。日本のこれからの教育は、まず、そこらへんから変えていかなければならないのではないだろうか。

 日本人の美しい特質を壊さずに、これらの技術を手にすることがどこまで可能か、やってみなければわからない。しかし、それを避けては前に進めないことを少しでも多くの人に理解してもらいたい。世界のなかの日本という図式を見るために、本書が少しでも役に立てば光栄である。

 

 

著者紹介

川口マーン惠美(かわぐち・まーん・えみ)

作家、拓殖大学日本文化研究所客員教授

1956年大阪府生まれ。ドイツ・シュトゥットガルト在住。日本大学芸術学部音楽学科ピアノ科卒業。シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。
著書には、ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』(以上、講談社+α新書)のほか、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』『ドイツの脱原発がよくわかる本』(以上、草思社)、『ドイツ流、日本流』(草思社文庫)、『ベルリン物語 都市の記憶をたどる』(平凡社新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)などがある。

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