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中国は本気で「核戦争」を考えている

日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)

2015年08月11日 公開 2022年11月02日 更新

《『日本人が知らない「アジア核戦争」の危機』より》

日本人が知らない「アジア核戦争」の危機	 中国、北朝鮮、ロシア、アメリカはこう動く

中国の核戦略思想は危険である

 北アメリカ大陸の中央に横たわる巨大なカナディアンーロッキー山脈が、アメリカの砂漠に消える寸前、ひときわ大きな山塊にぶつかる。アメリカのコロラド州シャイアン・マウンテンである。麓の町がコロラドスプリングスで、空軍大学がある。このシャイアン・マウンテンの岩山の奥深くに、アメリカの最も重要な軍事基地になりつつある宇宙司令部がある。

 ここはかつて北米防衛司令部と呼ばれ、ソビエトの核攻撃からアメリカを防衛する本拠地であったが、いまやあらゆる宇宙戦争を戦うための拠点になっている。アメリカ軍はこの司令部を本拠に、ロシアや中国が宇宙兵器を使って、地球をめぐる宇宙全体に展開する攻撃に備えている。

 コロラドスプリングスから車でほぼ1時間、高台に登ると、鉄の扉に閉ざされた大きな洞窟がある。この鉄の扉は1メートルほどの厚さがあり、至近距離で核爆弾が爆発してもびくともしないという強固なものである。

 ここが北米防衛司令部であったとき、私は幾度か取材に来たことがある。初めて訪れたとき、麓からアメリカ軍のジープに乗せられて、この扉に到着した。扉が開きはじめたときに目にしたのは、どこまでも延びる長い地下道だった。暗い道の先が、まるで地獄の底まで続いているように思われた。

 今度、このアメリカ宇宙司令部に、私の海軍の友人が大佐に昇進して転勤した。長いあいだアメリカ第七艦隊の幹部として西太平洋の海上を走り回り、中国海軍と対決してきた海軍将校が、山中にある宇宙司令部の幕僚になったのである。この人事異動は、中国が目論むサイバー攻撃や衛星攻撃など、最先端の科学技術を駆使する戦いに備えるため、空軍、海軍、陸軍が一体となって活動することになったことを示している。

 話を、私が訪問したときに戻そう。私がこの司令部を最初に訪れたのは1965年。はるか昔のことで、米ソの冷戦が厳しくなった頃である。NHKで『世界の安全保障』という番組をつくることになり、私はアメリカをはじめ各国での取材許可を取るために走り回った。冷戦の拠点である北米防衛司令部の許可を取るのはかなり難しかったが、ツテをたどってようやく許可をもらい、司令部の扉の前に立つことができた。

 地獄の底まで続くように思われた長い地下道をくぐって突き当たったところで、大きなエレベーターに乗る。さらに10メートルほど下ると、ゴッンという音とともにエレベーターが止まる。エレベーターが開くと、目の前のガラス窓の向こうに、巨大な戦闘司令室が広がっている。

 3階分ほど吹き抜けになっている司令室には、コンピュータ機器がずらりと並んでいるが、担当者の姿はあまり多くない。意外に静かである。巨大な戦闘指揮センターの周りには、ちょうど野球の特別観覧席のように、幕僚や司令官、それに指揮官が座って担当者に命令を下すブースが並んでいる。

 アメリカ国防総省は中国の宇宙兵器とサイバー攻撃に強い関心を示し、全力を挙げて対抗しようとしているが、とくにこの宇宙司令部は、中国のアメリカ本土に対するミサイル攻撃と、衛星に対する攻撃に備えることが最も重要な任務になっている。

 この宇宙司令部の仕事に関連して2015年3月18日、アメリカ海軍ミサイル防衛局のJ・D・シリング局長は、アメリカ議会上院軍事委員会の国防費小委員会で、次のような証言を行った。

 「中国や北朝鮮が地上移動型の大陸間弾道ミサイルの開発を強化しており、すでにアメリカ本土を攻撃できる能力を持っている」

 シリング局長は同時に、アメリカの気象衛星やスパイ衛星が狙い撃ちされる危険が高まっていると述べたが、さらに4月16日、ロバート・ワーク国防副長官は「宇宙がアメリカ国防政策の第一線として著しく重要になった」と議会で証言した。同日、宇宙司令部があるコロラドスプリングスで開かれた宇宙戦争シンポジウムの2015年総会に出席した国防総省の担当者も次のように警告した。

 「宇宙戦争の帰趨がアメリカの命運を決めることになる。冷戦が終わって以来、初めてアメリカは、深刻な安全保障上の危機に直面している」

 アメリカ国防総省をはじめ、宇宙戦争やサイバー戦争の責任者が強い危機感に捉われているのは、中国の核戦略が危険な考えに基づいているからだ。アメリカ国防総省で長いあいだ中国との戦いの責任者であったジェームズ・シュレジンジャー元国防長官や、アンドリュー・マーシャル博士のもとで中国の戦略を分析してきたマイケル・フィルスベリー博士は、次のように述べている。

 「中国は核兵器を抑止力とは考えていない。実際に使うことのできる兵器だと思っている。アメリカは核兵器を、戦争を起こさないための抑止力として使っているのに対して、中国は、戦いを有利に進めるための兵器として使おうとしている」

 マイケル・フィルスベリー博士は、ニクソン大統領からオバマ大統領に至るまで歴代のアメリカ大統領のもとで核戦略についての専門家として働き、とくに1989年にソビエトが崩壊して冷戦が終わり、中国の軍事的脅威がアメリカの脅威になって以来、中国の戦略問題を分析してきた。

 フィルスベリー博士は現在、私のいるハドソン研究所で中国戦略の研究責任者になっているが、私が注目しているのは、博士がアメリカ核戦略の中核であったジェームズ・シユレジンジヤー博士の最も信頼するスタッフであったことだ。

 ジェームズ・シュレジンジャー博士は私の長年の知り合いで、私がテレビ東京の報道特別番組『日高義樹のワシントンリポート』を制作していたとき、何度もインタビューに応じてくれた。私は博士にインタビューの依頼を断られたことが一度もなかった。

 「中国に対しては、ライオンがネズミかウサギを狙うときでも全力を挙げるように、アメリカの核戦力のすべてを挙げて対処することが正しい」

 シュレジンジャー博士は常に、こう主張していた。博士は中国が核兵器を開発しつづけていること、通常戦争で勝てないとなれば危険な核兵器を使う意志のあることを、認識していたのである。

 こうしたシュレジンジャー博士の考え方は、中国を「話せばわかる相手」としているキッシンジャー博士などと対照的だが、中国政府が進めている軍事戦略を分析すれば、中国の核兵器についての戦略構想がきわめて危険であることは明白である。すでに述べたように、中国はアメリカが最新技術を駆使して通常兵力を強化したため、通常兵力で戦えば必ず負け戦になることをはっきりと認識し、核戦力を強化したのである。

 アメリカのアンドリュー・マーシャルや、アンドリュー・クレピノビッチ、ベーリー・ワットといった戦略家、それに、これまた私の知り合いで、アメリカ海軍の指導者であったラフェッド海軍大将が実施してきた対中国オフショア戦略は、中国本土を攻撃することなく、中国沿岸で中国の海軍や空軍を壊滅する戦略である。中国はこの戦略にとうてい対抗できないことが明確になったため、核戦力の強化に奔走しはじめた。

 中国の核戦略が危険なのは、通常兵器の延長線上で核兵器を使おうとしているからである。中国は実際に使う兵器として、大量の核兵器を製造している。核兵器で周辺のアメリカの同盟国、日本や韓国、さらには台湾などを攻撃する意図を持って、核戦力を強化しているのだ。

 中国の核戦争についての考え方や姿勢は、冷戦のあいだ、アメリカとその相手であったソビエトが全力を挙げて避けようとしたものである。米ソとも相手を凌駕する力を持つこと、つまり抑止力とするため核兵器を含めた戦力の強化競争を続け、ソビエトがその競争に負けて冷戦が終わった。

 中国は核兵器でアメリカの強力な通常兵器に対峙しようとしている。それどころか中国は、アメリカ本土を核攻撃することも考えている。そもそも中国の戦争についての考え方は、歴史から窺える戦争についての常識とは大きく違っているのである。

 人類の戦争の歴史を見ると、戦争はまず利害の対立から始まる。利害の対立の延長線上で戦争が始まっている。戦争の前には外交上の駆け引きがある。このことはあらゆる戦争の歴史が示しているが、中国はそういった歴史の範疇外にいる。利害の対立があれば直ちに武力攻撃を仕掛けてくる。

 南シナ海の島々の領有についても、外交交渉を行わず、軍事行動を仕掛けている。尖閣列島についても、日本との交渉が始まる前から、軍艦ではないものの、沿岸警備隊の艦艇が日本の海上保安庁の艦艇を攻撃したりしている。こうした事態が深刻化すれば、中国がこれまでの戦争のルールを破り、突如として核戦争を始める恐れが十分にある。

 日本は中国の無謀な核戦略に押し潰されようとしていることを認識しなければならない。現在、日本が進めている集団的自衛権の拡大といった、その場しのぎの対応策では、回避できない危機が日本に迫っている。

 中国が核戦争の準備をどこまで進めているか、アメリカの宇宙司令部が集めている資料をもとに、その全貌を明らかにしてみよう。

 

著者紹介

日高義樹(ひだか・よしき)

ハドソン研究所首席研究員

1935年、名古屋市生まれ。東京大学英文学科卒業。1959年、NHKに入局。ワシントン特派員をかわきりに、ニューヨーク支局長、ワシントン支局長を歴任。その後NHKエンタープライズ・アメリカ代表を経て、理事待遇アメリカ総局長。審議委員を最後に、1992年退職。その後、ハーバード大学客員教授、ケネディスクール・タウブマン・センター諮問委員、ハドソン研究所首席研究員として、日米関係の将来に関する調査・研究の責任者を務める。1995年よりテレビ東京で「日高義樹のワシントンリポート」「ワシントンの日高義樹です」を合わせて199本制作。主な著書に、『アメリカの歴史的危機で円・ドルはどうなる』『アメリカはいつまで日本を守るか』(以上、徳間書店)、『資源世界大戦が始まった』『2020年 石油超大国になるアメリカ』(以上 ダイヤモンド社)、『帝国の終焉』『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』『アメリカが日本に「昭和憲法」を与えた真相』『アメリカの大変化を知らない日本人』『「オバマの嘘」を知らない日本人』『中国、敗れたり』(以上、PHP研究所)など。

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