伝説の大行者・箱崎文応大阿闍梨
2016年04月22日 公開 2024年12月16日 更新
酒井雄哉大阿闍梨も師事した大僧正
「行者の中の行者」と言われ、千日回峰行を2回満業したのが酒井雄哉大阿闍梨。その師が「稀代の大行者」といわれた箱崎文応大阿闍梨である。
平成2年98歳で遷化されたので、私はお目にかかることができなかった。
まさに「伝説の行者」であったという。
酒井阿闍梨は20年近く、おそばで世話をされた。
かつて、箱崎老師の思い出をお聞きした。
「大変、気性の荒い人だった。ある時、地元の農民が長寿院に押し掛けてきたことがあった。その時、信者から寄進された日本刀を抜いて追い払われた。あの人の心の底にあっものは『怨』だったのかもしれない」
「何故、ですか」
「あれだけの難行をされたのに、山ではなかなか評価されなかった」
比叡山執行をされ小林隆彰大僧正も、酒井阿闍梨が師と仰ぐ人物である。この小林大僧正も雛僧の頃、箱崎老師に仕えたそうだ。
―ある夜、突然、畑を耕すからと言われ付いていった。
「おまえ、懐中電灯で、ワシの耕すところを照らせ」
と言われてその通りにした。
ザク、ザク、ザクと深夜の谷に鍬の音だけが響いた。
突然、玄応老師が暗闇を切り裂く悲鳴をあげて、ひっくり返った。
「ギャー、足が」と言ったところで畑に転がった。
私も、びっくりして、思わず懐中電灯を落としてしまった。
「一体、どうしたんですか」
「足、足の指、鍬で切ってもうた!」
「どうしましょう」
「とにかく、指捜せ」
「ハ…、ハイ」
夢中で懐中電灯を捜して、さっき耕していた場所に向けた。しかし、分からない。必死になって、手で地面をまさぐった。血の混じった土と石ころ、そしてぬめりとした感触の肉片があった。
すぐに老師を背負い寺に帰った。腿に流れる血が蛭のようにこびりついて離れなかった。
「老師、こんな深夜、治療をしている病院ありません」
老師はすっかり冷静になっていた。
「足指、よく洗って来い」
早速、足指を洗って、老師の部屋に飛び込んだ。
老師は信者から寄進のあった般若湯の一升瓶を抱えて足に垂らしていた。さらに、もったいないと思ったのか、般若湯をゴクリと飲んだ。
そして、足指にも般若湯をかけ、一つ一つ足と足指を合わせて、セロハンテープで巻いていった。
呆気にとらわれている私に向かって老師はにやりと笑って言った。
「これで大丈夫や」
「取りあえず応急処理はいいとして、明日、すぐに病院に行きましょう」
しかし、老師がこれに答えていった。
「懐中電灯もってこいや」
「どうするのですか」
「まだ、畑耕している途中やないか」
人生でこんなにビックリした事は先にも後にもなかった。
ここで、話は終わった。
世の中には、とんでもない人がいる。
「次の朝、こんな人のもとでは、とてもお仕えできないと思い、寺を逃げ出した」
酒井雄哉大阿闍梨からお聞きした話を多少(?)、脚色しておりますがご容赦ください……。