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ジョブズをマネれば伝わるのか? ~東大で立ち見授業を生んだ教授が語る「伝える」の本質(1)

上田正仁(東京大学教授/理論物理学者)

2018年05月06日 公開 2023年07月03日 更新

プレゼンの天才、ジョブズをマネれば伝わるのか

たとえば、プレゼンテーション。終わったときに拍手が起き、聴衆が感動に包まれるようなプレゼンができれば、素晴らしいですね。

プレゼンの天才としてまず思い浮かぶのは、スティーブ・ジョブズでしょう。

マックブック・エアを発表したときには、書類用の封筒からパソコンを取り出して見せ、その薄さで聴衆をわかせました。このようなはっとするプレゼンで、人の心をわしづかみにするクライマックスの作り方が、ジョブズは実にうまかった。選び抜かれた言葉、それを話す声の抑揚や間の取り方、身振りや視線に至るまで、考え抜かれたものでした。

黒ずくめの服装で、ステージを横に歩いていったかと思うと、ぱっと立ち止まって、聴衆とアイコンタクト。そして、ひと言、短いキーワードを言う。それに合わせて、スクリーンに短いキーメッセージが映し出されます。聴衆は思わず惹き込まれ、会場全体が一体感に包まれます。その結果、ジョブズが伝えたいメッセージが、じかに聴衆に伝わるのです。

でも、待ってください。もしあなたが黒いシャツを着て、同じようなキレのあるキーワードをパワーポイントに仕込み、それを見せながらリラックスした口調で語りかけたら、みんなはあなたの商品を買ってくれるでしょうか?

答えは、NOなのです。なぜなら、「伝える力」は、物マネではなく、その人の人柄がにじみ出る伝え方をしたときに、その威力が発揮されるものだからです。これが、「伝える力」の最も重要なポイントであり、また、むずかしさでもあるのです。

ジョブズのプレゼンは、世間が抱くスティーブ・ジョブズという人物像と表裏一体だったからこそ、あれほど心に訴えるインパクトをもちえたのです。特に、晩年の彼は、どんどんやつれていった容貌や、目の表情までがあいまって、独特のオーラを醸し出し、聴衆の心に強く訴えかけるメッセージを伝えていました。

ジョブズの人格がにじみ出たプレゼン、そこに、ジョブズの人生が投影されていたからこそ、心が震えるほどの感動を聴衆の心に呼び起こすことができたのだと思います。ですから、ジョブズのプレゼンに感動したのならなおさら、それをそのままマネしてはいけないのです。また、その必要もないのです。
 

「伝える力」の基本とは?

実は、「伝える力」にとって、雄弁さは必須の要素ではないのです。それよりも、何を伝えるべきかを立ち止まって考えること、相手の立場に立って考えること、そしてそれをあなた自身の言葉で伝えることのほうがはるかに大切なのです。

たとえ同じ言葉であっても、人はその人の立場や前提知識に則った解釈をするものです。ところが、赤ちゃんに対して、大人の言葉で話しかけても伝わらないということはわかっていても、大人に対しては、自分の言ったことが思った通りに伝わるはずだと思ってしまう……。このような思い込みは、単に伝わらないだけでなく、ときには誤解や争いのもとにすらなりかねません。ですから、伝える前に何を伝えるべきか、それをどう伝えるべきかを、相手の立場に立って考える必要があるのです。

また、自分の言葉で伝えないと、聞いた人は違和感を感じてしまいます。たとえどんなに理路整然と話しても、それがあなたらしい伝え方でなければ、機械的に聞こえてしまい、相手の心にメッセージが届かないからです。どんなによく練られた原稿であっても、それを棒読みしてはいけないのはこのためです。

では、あなたらしく伝えるためには、どうすればよいでしょうか。そのためには、基礎的なトレーニングを積む必要があります。スポーツと同じで、普段から訓練してしっかりとした基礎力を身につけてこそ、とっさの場合にも、自分らしい自然なプレゼンテーションができるようになるのです。

私は学生のプレゼンテーションを指導することを通じて、「伝える力」を鍛えるために必要なのは、もって生まれた才能やオーラのようなものではなく、「自分は相手に何を伝えたいか」をきちんと見極め、それを言葉に表現するといった、地道な基礎トレーニングの積み重ねだと確信するようになりました。

基礎トレーニングにまじめに取り組めば、誰でも「伝える力」を鍛えることができるのです。話し上手だとか、口下手だとかは関係ありません。「伝える力」にとっては、それよりも意識的な訓練の積み重ねの成果のほうが、はるかに大きなウエイトを占めるのです。

超一流のスポーツ選手の中には、若いころはそれほど目立たない、決してトップとは言えない選手だったという例が数多くあることはご存じでしょうか。彼らに共通しているのは、現在の自分に足りないものが何かを明確に自覚して、それを克服するための意識的なトレーニングを、継続的に行っているという点です。

伝える力の鍛え方も、同じです。本書で述べるポイントを意識しつつ、継続的な努力を続けることによって、伝える力は着実に向上します。

しかし、これもまたスポーツと同じように、マニュアル本を見て、「なるほど」と思うだけでは力はつきません。実際に体を動かし(この場合は、頭を働かせて)、実践を通じて、自分に合った伝え方を身につける努力を続けなくてはなりません。

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