ジョブズをマネれば伝わるのか? ~東大で立ち見授業を生んだ教授が語る「伝える」の本質(1)
2018年05月06日 公開 2023年07月03日 更新
なぜ、自分の話はうまく伝わらないのか? 新年度が始まり、進学した学生、入社した社会人だけでなく、新しい人間関係に身を置く人ならば、「伝える」について悩むことが多いのではないだろうか。
そんな「伝える」という行為の本質に迫った『東大物理学者が教える「伝える力」の鍛え方』(PHP文庫)が好評を博している。
著者で東京大学教授の上田正仁氏は、かつて東大に入学したばかりの1・2年生を対象とした授業が、立ち見になるほどの反響を呼び、そのエッセンスを凝縮した『東大物理学者が教える「考える力」の鍛え方』も、7刷を超えるロングセラーとなっている。
そんな氏が語る「伝える力」とは――。本書の一部を、2回に分けて紹介しよう。
誰もが「伝わらない」と悩んでいる
人は誰しも、伝わらないことに悩んでいる――。
そう思うことが、(自分自身のことも含めて)よくあります。学生も教員も、上司も部下も、親も子も、そして、友人、恋人、国どうしですら、「どうも、自分の考えがうまく伝わらない」と悩んでいます。
多くの学生が、「一生懸命プレゼンの準備をしても、なかなかうまく伝わらない」と悩んでいます。私自身も学生の発表練習を見ていて、「どうして自分でやった仕事の一番肝心なことが、うまく伝えられないのだろう」と感じることがあります。彼らにどんなアドバイスができるかと自問自答することは、教員としての私の思考活動のかなりの部分を占めています。
就職活動中の学生も悩んでいます。「筆記は通るけれど、面接で落ち続けています。なぜ自分のやる気はうまく伝わらないのか……」。このような就活生にありがちなパターンは、マニュアル本にある受け答えのパターンは完璧に暗記していても、それを自分の言葉で表現しないで型通りに話していたり、面接官の質問の意図を理解せずに、ピントはずれのことを答えている場合が多いのです。
つまり、面接官とのコミュニケーションが成立していないのです。同様のことは、研究者のジョブ・インタビューにも当てはまります。よい研究をして業績もあるのに、面接で落ちてしまう人が少なくありません。彼らは、誇りが高く、自分のスタイルを頑として変えようとしないのですが、何度やってもうまくいかないと、最後には何かがおかしいと気づくようになります。そして、ようやくこちらの厳しいアドバイスにも、素直に耳を傾けるようになります。
その結果、面接にパスするということを何度も経験するうちに、「伝える力」の教育が、キャリア形成のうえでも、きわめて重要なことであると思うようになりました。
うまく伝わらないことで悩んでいるのは、若者だけではありません。部下をもつ上司の愚痴や苦労話は枚挙にいとまがありません。
「こっちは真剣になって話しているのに、『大声を出されるとモチベーションが下がる』とか言うんだ。大声を出さざるをえない状況だってことが、まるで伝わらない」。こういう場合、「昔とは時代が違う」というのが、「伝わらない」原因であると思われがちですが、昔と違うというのは、いつの時代にも当てはまることです。
同じ言葉であっても、その受け止め方は時代とともに変わります。このため、伝え手と聞き手の世代や育った環境が異なれば、同じ言葉が違った意味に解釈されることが起こるのです。
この例の場合、伝わらない本当の理由は、「真剣になって話している」行為が、相手がそれをどう受け止めるかを考えない一方的な伝え方だからです。ここでも、伝え手と受け手の間のコミュニケーションが成立していないのです。
一方、中高校生の子どもの受験を控えたお母さんは、「もうちょっと危機感をもったほうがいいよってずっと言い続けてるのに、全然伝わらなくて……」
と嘆きます。小学生のときには伝わっていたのに、もっと道理をわきまえているはずの中高生には通じないのです。この場合、言っている言葉の意味は伝わっていても、それが実際の子どもの行動にはつながらないのです。つまり、子どもが納得する、心に響く伝え方ができていないのです。
人はみな、それぞれ、相手に伝えたいことがあります。にもかかわらず、伝わらない。年齢や地位、立場とは関係なく、人は誰でも、伝わらないことに悩む宿命にあるのです。
その一方で、世の中には「伝え方の達人」と呼ばれる人たちがいます。
むずかしい事柄も、その人が説明すると、本質が手に取るようにわかるのです。メディアにしばしば登場する著名な解説者を見ていると、伝える力には、何か特別な才能が必要であるとさえ思えてきます。