澤穂希 × 松下正幸 「なでしこ」を世界トップに導いた澤流キャプテンシー
2018年12月31日 公開 2018年12月31日 更新
祖父・松下幸之助の「志」を引き継ぐ松下正幸が、各界VIPが抱く強い志の核心に迫るシリーズ。今回は、マネジメント誌「衆知」2018年9-10月号掲載、元サッカー日本女子代表・澤穂希氏との巻頭対談より、その一部をご紹介します。
みずからのプレーでチームを牽引し、日本女子サッカーを世界の頂点へと導いた澤穂希氏。その数々の栄光の裏には、結果を出すためにあらゆる準備を怠らない姿勢と、人間性を高めることで選手としての自分を成長させるという確固たる意志が存在した。今回の対談では、澤氏のサッカー哲学とともに、前向きに生きるための考え方についても語ってもらった。
取材・構成:平出浩、写真撮影:永井浩
「これは一番」と言えるものが一つもない
松下 澤さんは、日本女子代表での出場数とゴール数が歴代トップ、女子ワールドカップ出場数が世界最多など、数々の輝かしい記録もお持ちです。ご自身の中では、サッカー選手として最高のプレーができていたのはいつ頃とお考えですか。
澤 振り返ってみると、私が重視していた「心技体」が一番充実していたと思えるのは、2011年のワールドカップ・ドイツ大会で優勝した頃です。当時、私は32歳で、この大会でのプレーが、サッカー選手としてのピークだったように思います。
その後はケガや病気に見舞われて、その回復に時間がかかるようになって、精神的にもきつくなっていきました。何より、自分の思い描く理想のプレーができなくなっていきました。
松下 そうした背景もあって、引退を決断されたと?
澤 そうですね。心と体を一致させて、トップレベルで戦うことができなくなったことが、引退の大きな理由です。心では世界一をもう一度目指そうと思っても、体がついていかない。反対に、体は元気であっても、その目標に立ち向かうには、心が少ししんどさを感じてしまう。そういうことを感じた時に、引退を決意しました。
松下 澤さんが引退された後、なでしこジャパンが苦戦している時期もありました。チームが苦戦した理由はどこにあったと思いますか。
澤 私が現役選手の頃とは監督も代わったので、目指すチームづくりも変わったと思います。そうなると当然、選ばれる選手も替わります。「なでしこ」の場合、選手を一気に若返らせたことが影響しているかな、ということは感じます。
私が「よい」と思うチームは、経験豊かなベテラン、元気のいい若手、その間の中堅がバランスよく融合しているチームです。ベテラン選手は、たとえ試合に出ていなくても、ベンチにいるだけで大きな役割を果たすことがあるんです。試合の流れが悪くなった時でも、若手だけだとその悪い流れを止められなくても、ベテラン選手がピッチに入ることで、流れを変えられることもあります。「なでしこ」は、若手とベテランのバランスを整えている段階なのだと思います。
松下 そういえば澤さんは、「クリスティアーノ・ロナウド選手(ユヴェントス所属、ポルトガル代表)が11人いても、必ずしも勝てるわけじゃない」ともおっしゃっています。クリスティアーノ・ロナウドほどの名選手ばかりなら、常勝軍団になるような気がしますが、そうではないのですか。
澤 クリスティアーノ・ロナウド選手はもちろん超一流の選手です。とはいえ、すべてにおいて完璧な選手は存在しないと思います。
チームというのは、いろいろな長所・短所、得意・不得意を持った選手たちが集まって構成されるものです。いろいろなタイプの選手がいて、足りない部分、苦手な部分を、それが得意な選手が補いつつ、成長していくのがよいチームですし、強いチームだと私は考えています。
松下 でも、澤穂希選手が11人いたら、常勝軍団になるのでは?
澤 いえいえ、それは絶対にないです。そもそも私には、「これは一番」というものが、何もないんです。走力、持久力、ジャンプ力、パスの正確さ、ドリブルの巧みさ……どれも、私より優れた選手がいます。でも、一番にはなれないけれど、これは自分の長所だと思うところを磨いていけばいいと思っていました。そうすれば、私が他の選手の苦手な部分をカバーできますし、逆に私の持っていない部分を他の選手がカバーしてくれます。
私も若い頃は、同い年の選手などに対抗心を持っていました。でも、年齢を重ねるにつれて、ライバルとして競い合うよりも、その人のよいところ、優れたところを素直に認めて、受け入れることが大切だと思えるように変わってきたのです。私が持っていない能力や感性を認めることができるようになったことで、精神的にも楽になったし、よりいっそうお互いを尊重し合えるようになったと感じています。
松下 他の選手のいいところを認め合い、弱点をカバーし合うことでチームとしてまとまっていく。まさに「切磋琢磨」という感じがしますね。