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「ローマ法王」と「ローマ教皇」の違いを生んだ“歴史的背景”



2019年11月17日 公開

徳安茂(元外交官、在バチカン前公使)

 

日本とバチカンの深い関係…太平洋戦争終結の仲介を依頼!?

日本におけるキリスト教徒は、カトリックが約45万人、プロテスタントが約55万人といわれている。

カトリックがイエズス会のフランシスコ・ザビエルとともに16世紀に入ってきたのに対し、プロテスタントの日本での布教は明治維新以降になる。

日本のカトリック信者は総人口比約0.3%にとどまり、カトリック人口は極端に少ない。しかし教育界をはじめとして、政治、文化、芸能、スポーツ、実業界と、さまざまな分野で活躍する著名人は少なくない。

日本がバチカンと正式な外交関係を樹立したのは、太平洋戦争さなかの1942年だった。

当時、ムッソリーニのファシズムが吹き荒れるイタリアにおいて権威が失墜していたバチカンだったが、日本がバチカンと国交を結ぶ意義を見出したのはなぜか。

米国をはじめとする連合軍との戦闘行為ですべて片づくわけがなく、いずれやってくる講和交渉のテーブルに着くため、バチカンの影響力と仲介外交を期待したからだ。

終戦直前、日本の指導部は終戦工作にあたり、中立条約を結んでいたソ連(当時)にも仲介の労をとってもらうべく働きかけた。

その後のソ連による対日侵攻を考えれば、恥ずかしくなるほどの外交感覚だが、それと比べると実現可能性はともかくとして、バチカンにその可能性を探ろうとした方向感覚は決して悪くなかった。

実際、1945(昭和20)年5月、バチカンのヴァニョッチという司教を通じて「一米国人」より、和平を仲介する用意があるので日本側と接触したいとの申し出があったという。

しかし日本側としては、素性、目的ともに明確ではない一米国人の申し入れは受けられないと回答した。

日本史上、もっとも混乱を極めた時代背景を考えると無理もない対応だったかもしれない。しかしここで重要なのは、日本がバチカンに大使館を開いていればこそ、このよう動きもあったということだ。



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