IT企業サイボウズ。主に企業や団体向けの業務を支援するためのグループウェアやツールを提供している。
そんなサイボウズがにわかに出版業界の注⽬を集めたのは2019年11⽉。兵庫県明⽯市のライツ社と⼿を組み、「サイボウズ式ブックス」として出版事業に進出。第⼀弾として同社取締役の⼭⽥理⽒による『最軽量のマネジメント』を発刊した。
⼀⽅で同時期に、ソーシャル経済プラットフォームメディアNewspicksを運営するニューズピックスもまた紙書籍の出版事業に踏み切るべく、「Newspicksパブリッシング」を⽴ち上げた。安宅和⼈⽒の『シン・ニホン』がベストセラーになるなど出版業界を⼤いに盛り上げた。
ともに始動から1年が過ぎた現在、IT企業のポジションから挑戦した「出版の世界」はどのように映ったのか。
IT企業が「在庫」を抱える怖さ
(大槻)幸いなことに、サイボウズ式というオウンドメディアの編集ベースがありましたので、「紙でやります」となったら、あとはコストの問題だけなんですよね。「損をしないんであればおもしろい」ということになってくるので。
ただNewsPicksパブリッシングさんと違って、流通はできないので、ライツ社さんの存在がめちゃくちゃ大きかったです。そこまでできた井上さんはすごいと思いますね。そのリスクを問われなかったんですか?
(井上)「リスクだ」って話は当然ありました。具体的には、ITサービスをやってきた会社が在庫を抱えること。しかもそれが小売りと違って返品もあるっていう。
根本的には出版って、売れるかわからない博打のところがあるんですが、NewsPicksっていうメディアや、ほかの出版社にはない武器もあるから、違うかたちでできるはずだと押し切ってスタートしました。
でもやっぱり、IT企業が出版事業を全部自分でやるときは、本を置く倉庫を探すところから、在庫管理とか返品の経理処理までこなすのが本当に大変。
(大槻)そうですよね。前にライツ社さんから聞いて面白かったのは、みんな「在庫は怖い」と言いますが、実は現状の多くの出版社は管理が大まかで、細かく整えていったら、そんなに在庫を抱えずにいけるということ。
両方をご存知の井上さんからするとのその感覚ってどうなんですか?
(井上)「在庫が怖い」というのは2つあって、1つは単純に「過剰な返品」という怖さ。それに関しては大塚さんが仰るように、やり方次第で全然精度は上げられると思います。
もう1つは、返品があることに付随する「棚卸や経理の大変さ」というもの。これも、やってやれないものじゃないですね。
サイボウズさんは、最初から自社の中で、というよりもパートナーシップを組める出版社さんを探すところは既定路線だったんですか。
(大槻)そうですね。サイボウズ式の編集者だった方から、ライツ社の大塚さんを紹介いただいて、中目黒で話したのが最初。「これだったらお願いできそうだ」って思えたのが出発点です。
(井上)サイボウズとライツ社と聞いて、いい組み合わせだなとわくわくしました。1作目は副社長の山田さんの本を出されましたが、今後は社内に限らず、価値観が合えば他の人の本も届けていくんですか?
「売上目的」だけじゃ、企業出版はダメになる
(大槻)そこはもう、“社内で”本をつくるというこだわりは全然ないです。こだわりがあるのは、「多様な働き方を実現する」とか「幸せな働き方を実現する」っていう、サイボウズのコンセプトを伝えていくことですね。
(井上)まさに、ミッションがあるかどうかが、「企業×出版」の一番本質的な部分だという気がします。
ミッションがあり、こういう世の中にしたいという理想があり、その理想に多くの人が共感していて、それを実現していく。そのためには自社の社員の本だっていい。その価値観に沿う世の中の動きをすくい上げるようなことができると強いと思うんですよ。
逆に、目指すものが企業ブランディングや売上でしかないときは、本を出しても特徴がないし、あまり認知されないんじゃないですか。
サイボウズ式ブックスはもともと、サイボウズの築き上げてきたものの次の一手だったから、「すごいサイボウズこんなこともしてるんだ」っていう驚きがあったと思います。
(大槻)おっしゃる通りですね。単純に媒体が本ってだけで、そのコアの部分は、ちゃんと自分たちにコンテンツがあるのか、ミッションに沿った伝えたい何かがあるのか、というところが企業で出版をやる上で大事になってきますね。
(井上)ミッションがあるなら、全国の書店に本が並ぶってすごいプラスだと思うんですよ。出版社に居るときから思っていたんですが、本って売れないと返品等いろいろあるけど、書店の店頭に本が平積みされるという広告枠の効果はすごい、と。
書店に並んでたら、著者の地元の人とかってやっぱり喜んでくれるんですよ。そういう、みんなから信頼がある場所に、自分たちがつくったモノを並べるというのはIT企業こそやってほしい。