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ある日突然、死んでしまった父…娘に残した英語版「ファービー」と初代「iMac」の記憶



2021年02月03日 公開

岸田奈美(作家)

幼稚園児に与えられたボンダイブルーの初代iMac

父の先見の明は、ファービーにとどまらない。

ある日、父は急に、パソコンを買ってきた。「これからはパソコンできる人間が、成功するねん」といって。

当時のパソコンの家庭普及率は、わずか7%。主流はWindows。それなのに、父が買ってきたマシンは、なぜか初代iMacだった。見慣れないボンダイブルーのボディが、部屋でひときわ浮き上がっていた。

幼稚園生だったわたしには、どう考えても早すぎたマシンだ。

買ってくれたまでは、まだいいのだが。父は買い与えた途端に、光の速さで飽きる。なーんにも教えてくれない。千尋の谷に子ライオンを突き落とす、親ライオンだ。それも趣味で。限りなく、趣味の範囲で、突き落とす。

子ライオンのわたしは、短すぎるUSBケーブルにつながれた丸いマウスを、とまどいながら操った。

父がよく吟味もせずにインストールした「死ぬまでミサイルを交互に打ち合うゲーム」で、来る日も来る日も遊んだ。というか、それ以外の遊び方が、わからなかった。

少しだけ、ときは流れて。

小学校にあがったわたしは、学校にどこか居心地の悪さを感じていた。わたしはアニメや少年漫画が好きな、いわゆるオタクだった。女の子同士の話題や遊びに、あまりついていけなかった。

放課後、だれからも遊びに誘われず、家でしょんぼりしていると、父がいった。

「お前の友だちなんか、パソコンの向こうにいくらでもおる」

そして、わたしのiMacは、インターネットにつながった。ワールドは、ワイドで、ウェブだった。

iMac の向こうは、住んでいる場所も、年齢も、性別も、まったく関係なかった。わたしと同じようなオタクも、めちゃくちゃいた。小学校ではあんなに、いなかったのに、めちゃくちゃいた。

そしてわたしは、ひとつのウェブサイトにたどり着いた。「チャット」だった。

知らない人と、アニメや漫画の話をし、夢中になった。スムーズに会話できるようになりたくて、ローマ字をマスターした。小学2年生のころには、タイピング速度ランキングで、兵庫県1位になった。どんだけチャットしたかったんだ、わたしは。

ただ、弊害もあった。

来る日も来る日もチャットして。最終的に、自分でチャットのホームページを立ち上げたものだから。岸田家の電話代が、バカ高いことになった。

なんていうか。そびえ立ってるっていうか。その月だけ電話代のグラフが、はね上がってるっていうか。幼稚園児の列にならぶ、安岡力也っていうか。

当時は、ダイアルアップ接続といって、電話回線で、インターネットにつないでいた。使った分だけ、電話代がかかる、恐ろしいシステムだった。

請求書の安岡力也を見て、ついに父がキレた。

「パソコンなんかだれでもできるんやからな。天狗になるなよっ」

もはや主張が、本末転倒である。いや、うん、わたしが悪い。

 

「お父さん、最高だな」

中学2年生の初夏。父が、突然死した。心筋梗塞だった。

いままでで一番、つらい出来事だった。つらすぎて、現実を受け入れたくなかった。

「大丈夫?」「がんばれ」という親戚や友だちの言葉を、聞きたくなかった。

大丈夫じゃなかったし、がんばりたくもなかった。

わたしは、父のいなくなった家で、パソコンを開いた。チャットで、つらつらと、父とのことを書いた。最初は気持ちを落ち着けるつもりで、じっくり考えながら書いてたのに。気づいたら、壊れた蛇口から水が流れ出すように、キーボードをたたく手が止まらなかった。

父が亡くなったこと。父と行った場所のこと。父と行きたかった場所のこと。父がくれたモノのこと。父にあげたかったモノのこと。

ふと思い出して、ファービーについて書くと、チャットは「www」「ワロタ」で埋めつくされた。ちょっとだけ、救われた気がした。

「お父さん、最高だな」

ひとつのレスが目に入ったとき。涙が止まらなくなった。うん。そうだよ。最高オブ最高だよ。岸田セレクション最高金賞、連続28年受賞だよ。

ありがとう。ずっと自慢したかったんだよ。

あのとき、パソコンの向こうから、投げかけられた言葉の多くを。わたしはいまも、ちゃんと覚えている。

ねえ、パパ。わたしは大人になったけどさ。やっぱり、英語版のファービーをもらった人には会ったことがないよ。

「幼稚園のころ、辞書引いて、苦労したよね」とか、だれにいっても通じないよ。でも、そのせいかどうかはわからないけど、わたし、大学入試で英語の成績が満点になったよ。

ねえ、パパ。わたしがいまもってるのは、32MBのiMac じゃなくて、16GBのMacBook Airだけど。今日もワールドとワイドにウェブでつながっているよ。

パパが大好きなママと良太とわたしのことを、最高だってほめてもらいたくて、エッセイを書きはじめたよ。

「先見の明っていうか、来なさそうな未来を先どりしてたよね」

母は父のことを、思い出しては苦笑いする。

父からもらったもので、わたしはたくましく育ち、たくさんの人に助けてもらい、今日も生きている。これを先見の明といわずして、なんというのか。

でもね、やっぱり。

ファービーは、日本語版がよかったよ。

 



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