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常連客のキツい一言が、京都の美食を支えている



2021年04月22日 公開

柏井壽(作家)

祇園

京都の美食はなぜ人を魅了するのか。「地下水の質がよい」「伝統の力」といったさまざまな理由が考えられるが、案外見逃されがちなのが、店を育てる常連客の力である。"旦那衆"と呼ばれる人たちが主人に言い放つ「キツい一言」が、京都の食の力を鍛えているのだ。

※本稿は、柏井壽著『京都力』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです

 

「店を育てなあかん」という意識をもっている〈旦那衆〉

京都の美食を育てているのは、お店の客となる京都人です。都人の育成力によって美食に磨きが掛かるのだということは、存外見逃されがちですが、これが近年危うくなっていることを深く憂慮しています。

古くから京都には旦那衆というひとたちがいます。

主には花街で使われる言葉ですが、芸妓や舞妓を贔屓して成長させていく役目を務めます。もちろんそこは男性ですから、惚れたはれたの世界でもありますが、結果としてそのおかげで舞妓が育っていくのですから、花街にとってはきわめてたいせつな存在です。

旦那衆がただの客と少しばかり異なるのは、育て上げるという意識を持っていることだろうと思います。

文字どおり身銭を切って花街で遊ぶことによって、舞妓や芸妓、ひいてはお茶屋や、そこに関わるひとびとの暮らしを支える助けとなります。

それゆえ甘い言葉ばかりではありません。時には厳しい言葉も投げかけるのが旦那衆の役目です。

旦那衆は料理屋さんに対しても、花街とおなじ姿勢で接します。ひいきの店に足繁く通い、時にほめそやし、時に苦言を呈し、店を、料理人を育てるのです。

 

とある割烹での主人と旦那衆の会話

――なんぞ心配ごとでもあるんか?

割烹Aのカウンターで、常連客が支払いをしながら主人に言葉を掛けます。

――相変わらず鋭いですなぁ。今夜の料理はお気に召しまへんでしたか。

主人が深いため息をつきました。

――腑抜け、っちゅうのはこういうことを言うんや。料理に魂がこもっとらん。性根を入れて料理を作れるようになったら連絡くれるか。それまでは遠慮しとくわ。

常連客は引導を渡して店をあとにします。

思い当たる節がある主人は、ひと言も反論できずに黙ってその背中に頭を下げ続けます。

そのころ割烹Aはうなぎのぼりの人気に乗じて、祇園町に支店を出す手はずを整えているところでした。身体はひとつしかありませんから、二番手に店をまかせるしかありません。

そこで二番手に料理をまかせてみるのですが、なんともおぼつかないのです。それどころか店をまかせるのなら店長手当が欲しいと要求してくる始末。

店長手当を要求するなら、それにふさわしい腕を早く身に付けろ。そう注意すると、あっさりその二番手は店を辞め、あろうことかライバル店へ移ってしまいました。

支店の工事はすでに始まっていて、今さら引っ込みがつかない状況になっていました。大きな借金を背負うことになってしまったのに、いまだにその店を仕切る料理人が見つからず、主人は日々思い悩んでいました。

いつもとおなじように料理を作っているつもりでも、なにかしら抜け落ちているのでしょう。一見客はごまかせても、常連客の舌はだませません。

主人は、支店計画を打ち明けたときに常連客がぼそっとつぶやいた言葉を思い出して、唇を嚙みしめました。

――あんなぁ、屛風と店は広げたら倒れるんや。分をわきまえて小ぢんまりしとったら、少々の風が吹いても倒れん。

あの言葉をまっすぐ受け留めておけばよかった。そう後悔した主人は、違約金を支払って最小限の被害で再出発することができました。これをして、京都美食の育成力とぼくは呼んでいます。

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