そこにいたのは「ふつうのおっちゃん」
22時になって、2コースに分かれて夜回りに出発した。夜の釜ヶ崎の雰囲気は、昼とは違って静かで、どこか殺伐とした空気が流れているように感じた。
どうやっておにぎりを渡すんだろうと思っていたら、夜回り団体の人が路上で寝ているおっちゃんのほうにすっと近づいて、しゃがんで声をかけた。
「こんばんは〜。夜回りです」
どうやらおっちゃんに反応はない。おにぎりをおっちゃんの枕元に置いて、団体の人が戻ってきて説明してくれた。
「一度声をかけてみて、起きない人は無理に起こさないでください。この寒いなかでようやく眠れたんだから、起こしてしまうともう眠れないかもしれません。
また、必ずしゃがんで声をかけること。路上で寝ている人からすると、立っている人は大きく見えるし、急に声をかけられて、襲撃されるのではないかとビクビクしてしまうから、必ずしゃがんで、同じ目線になって、そっと声をかけるようにしてください」
いっぺんにいろいろと気をつけなくてはいけなくて難しいなと思いながら、私もおっちゃんにおにぎりを渡してみた。
「こんばんは〜。夜回りです。おにぎり持ってきました」
緊張しながら、私も声をかけてみた。
「ああ、そこらへん置いといて」
そっけなく返ってきた。私が期待していた歓迎ムードではなかった。
炊き出しと違って夜回りは、こちらから行く分、人との接触を望んでいる人ばかりというわけではなかった。それでも声をかけることは重要な気がした。
いろいろあって、今はまだ、誰かと関わる気になれないだけかもしれない。でも、何か困ったことがあったとき、ああいう人もいたなと頭の片隅で覚えていてくれたら、相談しようという気になるかもしれない。
そうポジティブに捉え直して、声をかけつづけた。
「こんばんは〜。夜回りです。おにぎり持ってきました」
「おお、寒いのにありがとうなぁ。ねえちゃん、若いなぁ。いくつや?」
「中3です」
「わしが中3のときにはなぁ、こんなことしようなんて思わんかったで。えらいなぁ。また来てや。寒いから風邪ひかんよう気ぃつけや」
そんなふうに言ってくれるおっちゃんもいた。おっちゃんのほうがあきらかに寒そうで、しんどいはずやのに、なんで私のことまで気を遣ってくれるんやろ。おっちゃんの人のよさそうな笑顔に、ずっとビクビクしていた気持ちが、すーっとほどけていくのを感じた。
「ふつうのおっちゃんだ」
当たり前のことかもしれない。でも、正直なところ、そう思った。