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「ウィキリークス」は否定できない

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2011年01月11日 公開 2022年12月21日 更新

山形浩生

こんな露骨な弾圧があるのか

 12月頭、出張先から日本に帰ってきたぼくは、何やら異世界に迷い込んだようなめまいを覚えた。それまでいた世界では、ニュースで絶えず報道され続けていたのは、なんといっても「ウィキリークス」をめぐる騒動だった。それが日本に戻ってみると、見かけるのは歌舞伎役者が酒場で殴り合いをしたとかいうくだらない話ばかり。ここはどこ? わたしはだれ?

 ご存じのとおり、「ウィキリークス」は内部情報告発サイトだ。そこから多くの非公開公文書や公電が公表されたことで話題になっている。公開された情報は、じつに面白いのだけれど、いまのところそんなに意外なものはない。米中がどっちも北朝鮮に愛想を尽かしているとか、サウジの王族が酒池肉林の乱痴気パーティー三昧だとか、日本の政府が世界的にバカにされているとか。むろん、外交は体面と建前の世界だから、そういうのが公式に出回ってしまうと都合が悪いのはわかる一方で、多くの人はその中身については「ああ、やっぱりね」という程度の感想しかもたなかっただろう。むろん、今後もっとすごいネタが出てくる可能性はあるけれど。

 だが「ウィキリークス」が人目を引いたのは、それに対するアメリカのすさまじい反応だった。政府圧力で、クレジットカード会社やオンライン支払いサービスが次々に取引停止。支援表明の企業まで一蓮托生で、サーバー提供のアマゾンからも突然の追放処置。そして親玉は、コンドームが破けたの生でやったのとかいうくだらない罪状で、なんとインターポール指名手配。こんな露骨な弾圧があるのかというくらいで、国連はおろか、ロシアのプーチンにまで嫌みをいわれる始末だ。

 さてこれに対し、欧米では怒りの声があがっているけれど、日本では全然。メディアに登場する「識者」なる連中は、何でも公開していいわけではないとか、無許可で公開された情報はよくないとか、頭痛のするようなことを賢いつもりで述べている。ばかばかしい。

 本来、政府の情報はすべて公開されなくてはいけないのだ。民主主義下では政府は国民の僕であり、本来なら政府のやることはすべて国民に明らかにされるし、その判断の根拠となった情報もすべて公開が原則だ。むろんある特定の時点では、これは公開してはまずいという情報はあるだろう。でも、それは例外だ。そしてどこかの時点で、政府はそれを説明しなくてはならない。実際は何が起きていて、なぜそれを公開できなかったのか。それが説明責任というものだ。情報公開法だって、それを担保するための制度だ。政府の都合で、恣意的に情報を隠し続けることは認められない。そうでないと政府はお手盛りでなんでもできてしまう。

尖閣ビデオの一件が教えたこと

 それを否定するなら、政府の気に入らないことでも公共的に重要な話を調べ、政府のお許しがなくても国民に公表するという行為すべてが否定されてしまう。これは通常はジャーナリズムと呼ばれて、欧米ではたいへんに重要な行為とされているそうだ。「ウィキリークス」を否定することは、ぼくはジャーナリズムの否定と50歩100歩だと思う。日本のメディアによるウィキリークス報道はまったくその視点がないし、ましてその後の露骨な弾圧について多少なりとも危機感を表明した報道関係者を、ぼくはいまのところほとんどみていない。

 つい最近でも、政府が公開したがらない情報を人びとに知らせることの重要性を、ぼくたちは尖閣ビデオの一件で目の当たりにした。何か変なことが起きて、中国漁船の船員たちが捕まったのにうやむやのまま釈放され、政府の介入は明らかなのにそれについていっさいの説明がない――その状態の不健全さはだれもが感じていたし、ビデオの公開はそれをかなり改善した(そしてあれをもっとうまく使えなかった政府の無能ぶりも明らかになった)。だからこそ、公開した元海上保安官に対し、多くの国民は同情的だ。

 同じことが「ウィキリークス」にもいえる。それは明らかに、各国政府の説明責任を担保する重要な機能を果たす。「ウィキリークス」やその親玉自体については、むろん気に入らない人もいる。でもその人びとも、「ウィキリークス」のもともとの理念を否定するものではない。関係者の多くは、ウィキリークスを離れたあとも別のタレコミウェブサイトを立ち上げたりしている。

 おめでたいかもしれないけれど、ぼくはジャーナリズムというものの理念を少しは信じている。それが明らかに否定されようとしているとき、ぼくはもっと多くの人が懸念と怒りを表明すべきだと思うんだが。芸能ゴシップとプレスリリース垂れ流しだけがジャーナリズムじゃないはずなのだ。

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