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親に放置され、犬と海が話し相手だった...名監督リュック・ベッソンの「孤独な幼少期」

リュック・ベッソン(著)、大林薫(監訳)

2022年06月20日 公開

 

『ジャングル・ブック』『2001年宇宙の旅』...世界を変えた初めての映画鑑賞

そんな折、母もようやくぼくを映画に連れていくことを思い立ったらしい。ぼくたちは映画館へウォルト・ディズニーとかいう人の『ジャングル・ブック』を見に行った。

ぼくははじめて映画を見て衝撃を受けた。その色彩、音楽、テンポのよさ、ユーモア、アイディア...。すべてに度肝を抜かれた。何よりも、両親に捨てられ、動物たちに救われた9歳の少年の物語に...。

ディズニーはこの映画をぼくのために作ってくれたに違いない。

映画を見終わって、ぼくは言葉が出なかった。家に帰ると、床に伏せ、涙にくれた。そんな日が一週間も続いた。床の上で眠り、自分も黒豹と熊に育てられたいと願った。

クリスマスになると、祖母はデパートまで行ってショーウィンドウを見物させてくれた。なかでも強い印象のあるのが月世界をイメージしたもので、映画『2001年宇宙の旅』をモチーフとしていた。

そのときは、実際の作品も見たくなり、やいのやいのと母にせがんだあげく、映画館に連れていってもらったものだ。

ぼくは雷に脳天を直撃されたような衝撃を受けた。いや、まったくすごい映画だった。今もなお、あの衝撃からは完全に立ち直れていない。

「どう、少しはわかったの?」映画館の出口で母に訊かれた。

「何もかも全部」ぼくは胸を張って答えた。

とりわけ、見聞きした話以上に、人の生きる世界に広がりがあることを知った。まだ作品についてどうこう言うことはできなかったけれど、自分が雨に出会った植物のような気がした。そして、自分が生長し、大きくなっていくように思えた。

 

空想少年から映画監督へ

学校では、教師の言うことにいちいち疑問を抱き、四六時中「それは何のためですか?」と、質問を投げ返してばかりいた。ぼくは答えを知って、納得したかった。自分が人生の瀬戸際に立たされているような気がした。手を差しのべてくれる人もいない。

ある日、とうとう我慢の限界が来た。こんな惨めな状況を今断ち切らなくてどうする。ぼくは紙を取り出し、真ん中に縦線を一本引いた。そして、左側のスペースには好きなものを、右側には嫌いなものを書いていくことにした。

そうやって俯瞰的に眺めてみると、一目瞭然だった。好きなものにリストアップされていたのは、実に創造的な活動ばかりなのだ。自分が惹かれている事柄を今さらながら認識することになって、ぼくは驚かずにはいられなかった。なんとそこにはあらゆる芸術が列挙されていたのだ。

この新発見は衝撃的だった。今思えば、あの『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』の有名なシーン――ダース・ベイダーがルーク・スカイウォーカーに《わたしがおまえの父親だ》と明かす大どんでん返し並みの衝撃度だった。

リストにはあらゆる芸術が名を連ねていたが、こちらが愛するだけではなく、あちらからも愛されなければ、何も始まらない。何か一つでも相思相愛の関係になれるものはないだろうか。

最後に残ったのは新しい芸術、第七芸術の映画だった。リストをもう一度見直してみると、陸上の十種競技にも似て、映画にはあらゆる芸術の要素が少しずつ含まれていることに気がついた。

ぼくは、書くことならお手のものだし、フレーミングは得意だ。音楽が好きだし、"動き"や"リズム"は大切にしたいと考えている。建築も舞台美術も衣装も好きだ。

よし、これだ。映画作りの仕事なら、自分に合いそうだ。ぼくは採用通知をもらった失業者の気分になっていた。

 

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