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生き方

兼任監督の職を突然に解かれ(野村克也 『理想の野球』より)

野村克也(野球評論家)

2012年03月26日 公開 2022年02月16日 更新

○本書『理想の野球』では、2011年レギュラーシリーズの31試合をはじめ約70の試合の評論を収録しています。ここでは、7月13日の日本ハム・ファイターズ対オリックス・バッファローズの試合についての「ノムラの考え」をご紹介します。(WEB編集担当)

ダルビッシュの正体

 

試合内容:WEB編集担当 注>
[結果] 日本ハムのダルビッシュが、球威十分の速球を軸に8回を投げ、オリックス打線を5安打1失点に封じて12勝目を挙げた。
[経過] 0‐1でむかえた4回表、日ハムは5番 小谷野(サード)の適時打と7番 鵜久森(DH)の犠飛で2点を挙げて逆転した。6回には3安打と四球で加点、7回には9番大野(キャッチャー)に本塁打が出て、4‐1で日ハムが勝利した。

もし私がダルビッシュとバッテリーを組んだら? マスクをかぶっていても実に退屈で、自分の打席のことばかり考えてしまうだろう。

笑ってしまったのは5回だ。1死走者なし。ダルビッシユが坂口を迎えて、内野陣にゼスチャーで指示を出していた。内野陣を左寄りに動かす。左のアベレージヒッターに対して、「外角へ投げるぞ、そっちへ行くからな」という身振り。まるで監督のようで、私が捕手でも無用の存在になってしまう。

当の坂口は、ダルビッシユの意向に逆らうように外角直球を右へ打つが引っ張りきれず、2塁ベースやや右への2ゴロ。してやったりだろう。まるで私が現役時代によくやった「ささやき戦術」のように、ゼスチャーひとつで坂口のペースを乱して、自らの術中に陥れてしまったのである。金田正一さんが、よくこうした身振りを見せていた。

続く森山へ、直球とシュートを4球外角へ続けて追い込み、5球目内角直球で決めにいく。ボール判定に口をとがらせるとさらに3球直球を続けて四球。出塁を許したが、森山にはストレート系だけで十分だといわんばかりのふてぶてしさ。こうした意地の張り方も、一種の昔かたぎかもしれない。

思うに、ダルビッシュの「エースらしさ」は、こうした古風な部分にある。いまや捕手のサインに首を振ることなく、グラウンドの中心に立つ投手としての感覚、嗅覚が鈍い若者たちが多いなか、彼は自分の意思でマウンドに立っている。

かつてのエースたちは球種が少なかった。たとえば金田さんや杉浦忠なら直球とカーブ、稲尾和久でも直球とシュート、スライダー……など。そしてダルビッシユもまず、困ったときの外角低めへの原点能力(*註)と、打ち気をそらすカーブ、という歴史的エースたちに共通する必要条件を備えている。

<*註(WEB編集担当)>原点能力:野村氏が評論の中で使う独自の用語のひとつ。投手の基本といえる外角低めの直球を投手の「原点」といい、外角低めの直球を投げることを「原点投球」、外角低目への制球力を「原点能力」と呼ぶ。

ところがダルビッシュはそれにとどまらず、スライダー、フォーク、ツーシーム……とまさに七色の変化球を駆使する。ダルビッシュでさえ、それほどの球種を備えておかなければならない。その事実が、この半世紀間の打者の向上、野球の進化を証明しているともいえる。

 外面的要素は本格派と技巧派がミックスした「未来型エース」。内面的要素は「古きよきエース」。これこそがダルビッシュの正体ではないか。

立ち上がりと得点直後は全力投球で、守備陣形までも指示する。ツボを心得て、試合をコントロールできる。現状、彼には「無理」、「無駄」、「ムラ」をなくせ、くらいしか言うべきことがない。

森山に直球系を9球続けての四球は「無理」を重ねた「無駄」な球数。3回、T-岡田に浴びた2塁手強襲2塁打は、カーブ、チェンジアップ、カーブ、スライダーでカウント3ボール-1ストライクにし、直球ミエミエの雰囲気を作って浴びたもので、これも「無駄」だった。また2回の失点は、直球とわかっても前に飛ばせない8番・斉藤に、楽をしようとスライダーを打たれてピンチを広げた。これは「ムラ」である。

ダルビッシュ攻略は一瞬の「無理」、「無駄」、「ムラ」に付け入るしかない。これが、私が捕手なら退屈だろうな、と考える理由である。

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