大人の主人公たちが織りなす独特の世界線に刮目!
こうしてライトノベルの分野で一時代を築き上げた竹宮ゆゆこだが、デビュー10周年の2014年に一般文芸に進出。そのセカンドステージの第一歩である『知らない映画のサントラを聴く』もまた、らしさ全開の"ボーイミーツガール"の物語ながら、主人公の錦戸枇杷(びわ)は23歳と大人の女性であるのが新鮮味のひとつだ。
歯科医の娘という恵まれた環境に甘んじて、職に就くことなく実家にパラサイトしている枇杷は、夜な夜な便所サンダル姿でセーラー服を着たコスプレ男を探して住宅街を彷徨っている。なぜなら、そのコスプレ男が自分にとって何よりも大切な一枚の写真を奪った犯人であるからだ。
そんな出だしからしていかにも奇妙だが、ひょんなことから枇杷がその女装男と同棲することになるという、斜め上の展開が読者の興味を惹きつける。
そこにあるのは恋愛小説的な要素だけでなく、根底に流れる"贖罪"の概念がこの物語をいっそう忘れ難いものにしている点も見逃せない。竹宮ゆゆこが紡ぐ世界は、一般文芸においてもやはり一筋縄ではいかないのだ。
続く『砕け散るところを見せてあげる』(2016年)は、映画化もされた話題作。主人公の濱田清澄は大学受験を控えたある日、後輩の女子生徒、蔵本玻璃(はり)がいじめに遭っているシーンに遭遇する。「やめろ」と割って入る清澄だったが、そんな彼に対して玻璃は、「あああああああ!」と激しく絶叫する。
校内一の嫌われ者として孤立する玻璃に、かつて孤独を味わった自身の体験を重ね合わせた清澄はその後、クラスで机を蹴倒され、トイレで上から水をかけられ、掃除道具入れに閉じ込められる彼女を、その都度助けに向かうことになる。やがて心を開き始めた玻璃は、清澄に「私も強くなって、【UFO】を撃ち落としたい」と言うのだった。
彼女の言うUFOの正体とは何か。それが意味するものを読み手が理解する時、この物語が孕んでいる事件が明らかになる。単なるボーイミーツガール小説ではない驚きを、存分に味わってほしい。
『おまえのすべてが燃え上がる』(2017年)もまた、実に印象的な作品だ。ある金持ち男性の愛人として贅沢生活を謳歌していた樺島信濃(かばしましなの)だが、事実を知った正妻が包丁を片手に乗り込んでくるシーンから物語は幕を開ける。
命からがら逃げのびた彼女だが、住居を失い、アルバイト生活を送るはめに。しかし、キックボクシングジムの受付業務では十分な生活費は賄えず、かつて貢いでもらったブランド品を売って、どうにか糊口をしのいでいた。
そんなどん底の生活の中、信濃の前に現れたのが、弟の睦月と過去に二度も離縁した元彼、醍醐健太郎だった。彼らと過ごす時間は安息の地ではあったが、心のどこかでそれが仮初めのものであることも理解していた信濃。
ユーモアたっぷりな筆致の向こう側には、20代後半に差し掛かった女性の人生に対する迷い、悩みが大いに透けて見えていて、彼女の顚末から目が離せない。
一人の駄目な女性の生き様を通して、読み手であるこちらの将来、夢、展望がまさに「燃え上がる」ように感じられたのは、筆者だけではないはずだ。
最新作『心臓の王国』が新たなステージへの入口に!?
一般文芸シーンにおいてもいよいよ本領を発揮し始めた竹宮ゆゆこ。2018年に発表された『あなたはここで、息ができるの?』は、ジャンルで括れば恋愛小説であることに間違いないのだろうが、トリッキーな設定と手法が、やはりこの作品を独特な物語に仕立て上げている。
主人公はアリアナ・グランデになりたい20歳の女子大生。だが物語の冒頭、彼女は交通事故に遭って死にかけている。草むらで横たわる彼女は明確に死を意識し始めるが、そこで登場するのが「宇宙人」だ。
宇宙人はその世界の終わりを避さけるよう、時間を巻き戻すことができるという。そう、この物語は近年流行りのタイムリープ物なのだ。
そこで青春時代をやり直そうと、何度もループを試みる彼女だったが、もちろん今回も一筋縄ではいかないギミックが用意されている。技巧とアイデアを凝らした構成は、これ以上の解説が致命的なネタバレに通ずるリスクを孕んでいるため、とにかく一読をお勧めするほかない。
そして、最後まで読み終えたあとにあらためてタイトルが持つ意味に立ち返り、竹宮ゆゆこの凄みをまざまざと感じてほしい。
『いいからしばらく黙ってろ!』(2020年)は、主人公の龍岡富士がひょんなことから弱小劇団「バーバリアン・スキル」の運営に携わることになり、劇団が抱える様々な問題と対峙する青春の物語だ。
上には双子の姉兄が、下には双子の弟妹がいる、少し変わった兄弟構成ながら裕福な環境で育った彼女だったが、許婚に婚約を破棄されたことで人生の雲行きが怪しくなる。
本来であれば、親の会社に就職して無難で安泰な生活を送るつもりでいたものの、いまとなっては気まずくて地元に帰ることもできない。
そんなある日に出会った「バーバリアン・スキル」のクセの強い面々。彼らが次々に巻き起こす"カオス"な問題を前に、富士が持ち前のスキルを発揮して解決する様子は痛快そのものであり、他方では小さな劇団員たちが舞台に夢を賭け、必死の思いで公演を成し遂げようとする姿は時に感動的だ。
これまでの多くの竹宮作品に通底するという"献身"の妙味が、この物語からもしっかりと感じ取れるに違いない。
『あれは閃光、ぼくらの心中』(2022年)は、音大付属の中学に通う15歳の少年・嶋幸紀と、ホストの弥勒のおかしな同居生活を描いた物語。
それまでピアノ一筋で生きてきた嶋だが、ピアノの試験に失敗してしまったある冬の夜、その道が閉ざされてしまうかもしれない恐怖に苛まれ、家出をしてしまう。
絶望感を携えながら自転車を走らせていると、道に迷った挙げ句にヤンキーに追いかけられ―、わけもわからないまま救い出されるように出会ったのが、25歳のホスト・弥勒(みろく)だった。
少年院にいた経験もあるという弥勒は、嶋にとって明らかに毛並みの異なる人種だった。しかし、彼のもとで心を休めるうちに嶋は、やがて少しずつ前を向き始める。
世代も立場も違う二人の笑える掛け合いはいつもの竹宮節そのもので、弥勒もまた、嶋を必要としている構図には、たびたびほろりとさせられる。著者が「自分の好きなものを全部詰め込んだ、集大成的作品」というのも納得の一作である。
そして最後に、今夏に発表された最新作、『心臓の王国』についても少し触れておきたい。この作品が生まれた背景については別掲のインタビューに詳しいが、鬼島鋼太郎とアストラル神威(かむい)、二人の高校生男子を中心とする「せいしゅん」の物語は、500ページ超というボリュームも手伝ってとにかく読み応えがある。
予測不能な言動で周囲を啞然とさせがちな転校生の神威と、つき纏う彼を疎ましく思う鋼太郎の構図で始まる物語では、笑いあり、笑いあり、そして時折涙ありの展開の末に、両者が徐々に絆を強めていく。
生々しくもリアリティあふれる高校生男子の日々のくだらなさがとにかく楽しく、だからこそ神威の陰にちらつく何らかの秘密が、そこはかとない不穏を感じさせもする。
そして神威が抱える恐ろしい秘密が明らかになった時、この物語は様相を一変させるのだ。結末に読者を待ち受けるのは、滅多に味わえない読書体験であることを約束する。
以上、駆け足で竹宮作品のこれまでを追ってきたが、すべての物語に通底するのは人間味あふれる魅力的なキャラクターたちだろう。
恋心を燻らせ、友情に胸を熱くし、夢に向けて邁進する。そして個性豊かな面々を、安易な予想を許さないストーリーテリングにキャストする手腕。ライトノベル時代からエンタメシーンを席巻してきた竹宮ゆゆこの筆は、『心臓の王国』によってさらに研ぎ澄まされたようにも見える。
こうなると、今後どのような世界が彼女の筆から飛び出すことになるのか、興味は尽きない。今後の活動を、楽しみに見守ろう。